宮城県 x 寺社仏閣・史跡
宮城県のおすすめの寺社仏閣・史跡スポット
宮城県のおすすめの寺社仏閣・史跡スポットをガイドブック編集部が厳選してご紹介します。日本有数の稲荷で、倉稲魂神、保食神、稚産霊神の三柱の神を祀る「竹駒神社」、大蛇伝説が残る蛇藤が有名「白鳥神社(奥州の蛇藤)」、多くの歌人を魅了した歌枕の地「末の松山」など情報満載。
宮城県のおすすめスポット
81~100 件を表示 / 全 102 件
竹駒神社
日本有数の稲荷で、倉稲魂神、保食神、稚産霊神の三柱の神を祀る
承和9(842)年に創建された県内有数の神社。日本三稲荷のひとつに数えられ、家内安全など、さまざまな御利益があるとされる。正月には50万人以上の参拝客で賑わう。
白鳥神社(奥州の蛇藤)
大蛇伝説が残る蛇藤が有名
境内には樹齢1000年を超える大木が林立する。中でも見ものは、前九年の役(1051~1063年)の際に源義家が敵に囲まれた時、大蛇となって窮地を救ったという蛇藤。
白鳥神社(奥州の蛇藤)
- 住所
- 宮城県柴田郡村田町村田七小路1
- 交通
- JR東北本線大河原駅からミヤコーバス村田・川崎行きで23分、村田営業所下車すぐ
- 料金
- 情報なし
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 境内自由
末の松山
多くの歌人を魅了した歌枕の地
多賀城市指定の文化財で、樹齢450年以上ともいわれる黒松の老木がある。多賀城に赴任してきた都人がその美しい風景を歌に詠み、小倉百人一首や新古今和歌集などに多くの和歌が残されている。
華足寺
客殿と共に県の有形文化財に指定される山門は伊達9代藩主が建立
平安の頃に建立されたという古刹で境内は風雅なおもむき。山門は伊達9代藩主周宗が建てたもので、屋根以外の部分は当時のままだ。山門・客殿は県の有形文化財に指定されている。
輪王寺
名園を擁する伊達家ゆかりの禅寺
嘉吉元(1441)年に、伊達持宗が祖母の蘭庭明玉禅尼の冥福を祈るために福島県伊達郡に建立。居城の移動と共に各地を巡り、慶長7(1602)年に現在の北山の地に落ち着いた。
輪王寺
- 住所
- 宮城県仙台市青葉区北山1丁目14-1
- 交通
- JR仙山線北仙台駅から徒歩15分
- 料金
- 大人300円、小学生未満無料
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 8:00~17:00(閉門)
青葉神社
藩祖伊達政宗侯を祭る、地域の人々に親しまれる神社
1874(明治7)年に藩祖伊達政宗公を顕彰するために建てられた神社。土地の神として市民に親しまれている。5月には青葉祭りが盛大に行われ、正月には初詣客で賑わう。
姥の手かけ石
平安時代の鬼退治伝説を今に伝える
平安時代中期、源頼光に仕える四天王の筆頭、渡辺綱は京で悪鬼の腕を切り落とす。姥に化けた鬼が綱から腕を取り戻すが、逃げる際に川辺で転び手をついた跡が石に残ったという。
孝子堂
白石女敵討の物語の主人公親子が祭られている
講談「奥州白石噺」や歌舞伎「碁太平記白石噺」は武士に父を殺された姉妹が江戸の武芸者・由井正雪のもとで武道の腕を磨き、仇討ちを遂げた物語。孝子堂は、この姉妹と父の霊をまつっている。
志波姫神社
北上川流域唯一の大明神
北上川流域唯一の大明神。築館の源光から江戸時代初期の伊豆野堰開削と同時に現在の地に移された。本殿は慶安3(1650)年の建築。旧暦の6月28日には大祭が開催される。
大光寺
和尚が疫病退散の為に彫った五百羅漢が安置
昔、疫病が流行った時に、大光寺の和尚が人びとを救うため、山中で石に像を刻んだ。するとたちまち疫病は去ったという。本堂裏手の岩窟にはその時彫られた像が並ぶ。
蔵の郷土館 斎理屋敷
江戸から昭和期の豪商屋敷を公開
江戸時代から昭和の初期にかけて繁栄した、丸森の豪商・斎藤理助氏の屋敷を公開。蔵に収められた豪華絢爛な秘蔵の品が見ものだ。
蔵の郷土館 斎理屋敷
- 住所
- 宮城県伊具郡丸森町町西25
- 交通
- 阿武隈急行丸森駅からタクシーで5分
- 料金
- 大人610円、小人300円 (20名以上の団体は大人510円、小人250円)
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 9:30~16:30(閉館17:00、時期により異なる)
雷神山古墳
後円部に雷神を祀る祠がある前方後円墳
国指定の史跡。全長約168m、高さ約12mの前方後円墳で、後円部に雷神を祀るほこらがあることから雷神山と呼ばれる。4世紀後半から5世紀前半頃の首長がこの墳墓の主と推定。
柳津虚空蔵尊
境内には金運のご利益の「寅」と、病気平癒の「撫で丑」がある
会津柳津、山口の柳井と並び三大虚空蔵尊のひとつに数えられる柳津虚空蔵尊。境内には金運にご利益のある「寅」と、なでると病気が平癒するといわれる「撫で丑」がある。
祇劫寺
この辺りを治めた涌谷伊達定宗公は隠居後、この寺で晩年過ごした
かつて祇劫寺周辺は、葛西大崎一揆で伊達氏の領地となり、涌谷伊達氏が治めるようになった。特に3代当主定宗公は、隠居所として晩年を過ごしたというゆかりの寺。
宮沢遺跡
未だ謎の多い東北の古代城柵・役所では最大級の規模を誇る遺跡
東北の古墳城柵・役所の中では最大級の規模を誇り東西約1400m南北約850mの範囲を築地・土塁・溝で区画。周辺には39基の後期古墳が残る日光山古墳群もある。
香林寺
戦で主人の身代わりになった月輪兄弟を弔うために建てられた寺
奥州54郡を治めていた三位中将藤原師門は美しい妻をめぐり、八條顕長と戦になった。この戦で主人の身代わりになった、月輪兄弟の忠孝心に報いるために建てられた寺。山門は県の指定有形文化財。