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「衝撃アウトドア本」発掘レビュー!STRANGE OUTDOOR BOOK vol.03『ババヘラの研究』

とみさわ昭仁

更新日: 2024年10月2日

「衝撃アウトドア本」発掘レビュー!STRANGE OUTDOOR BOOK vol.03『ババヘラの研究』

まっぷる読者の皆さん、ご無沙汰です!
先日、高尾山のビヤガーデンまで生ビールを飲みに行き、たったそれだけのことでアウトドア気分、なんなら高尾山を征服すらした気になっているとみさわ昭仁です。

ちょっと変わったアウトドア本を紹介する「STRANGE OUTDOORE BOOK」(通称:SOB)、今回は『ババヘラの研究』という、なんだか不思議なタイトルの本をご紹介しましょう!

秋田名物ババヘラ・アイスの発症と歴史を追う

あなたは「ババ」という言葉を聞いて何が思い浮かぶだろうか?

ぼくにとって世界三大「ババ」といえば、第一に浮かぶのがジョー・R・ランズデールの『ババ・ホ・テップ』。死んだはずのエルビス・プレスリーが実は生きていて、老人ホームを徘徊する悪霊たちと戦うという傑作短編です。『プレスリーVSミイラ男』の邦題で映画化もされています。

次に浮かぶのは「馬場元子」さん。ジャイアント馬場夫人として知られる女傑です。残念ながらぼくはプロレスファンではないので、馬場選手の存在や試合の内容のことはよくわかりません。それよりも、その周辺で暗躍した彼女の生き方のほうに強く興味が湧いてしまうんです。

そして3つめが「ババヘラ」。最初にその言葉を耳にしたのがいつだったかは定かでありませんが、秋田の、路上で、ババア(失礼!)が、アイスを売っている。何それ! 絶対食べてみたい! と思ったものです。本書は『ババヘラの研究』というタイトルが示す通り、そんな「ババヘラ・アイス」の発祥と歴史を追いかけたノンフィクションです。

黄(バナナorレモン)とピンク(イチゴ)のフレーバー

秋田県から国道7号線を山形県方面に向けて車を走らせると、国道沿いに赤と黄色の派手なパラソルを立てたアイスの路上販売が点在しているのが目につく。その名も秋田名物ババヘラ・アイス。地元では通称「ババヘラ」の名で親しまれているといいます。

販売員の年齢や性別に厳密な決まりはないけれど、おもに農閑期で手の空いた主婦やおばあちゃんが副業として販売員を務めています。
お客さんが来ると、彼女らは保冷缶の中に詰まった黄(バナナ味またはレモン味)とピンク(イチゴ味)のアイスを金属のヘラでこそぎ取り、コーンの上に盛り付ける。おばちゃん(ババ)がヘラで盛り付けることから、いつしかババヘラアイスと呼ばれるようになっていったそうです。

最初、「ババヘラ」という言葉には販売員のご婦人方から反発もあったようですが、ぼくは愛嬌が感じられるし、いちど聞いたら忘れられない優れたネーミングだと思う。
著者のあんばいこう氏も、〈「ババ」というあくの強い濁音を、「ヘラ」という脱力感のある言葉で中和し、キレと清涼感のある「アイス」という言葉が全体をしっかりと受け止め、引き締める〉と、レトリックを駆使して褒め殺しています。

ぼくは国内旅行が好きで、日本全国ほとんどの地域を訪ねてきた。滞在したことがないのは5~6県くらいのものでしょう。
秋田県は、1994(平成6)年の夏に北海道を半周し、函館から青函トンネルを通って青森に渡り、東北6県を順に南下してくる長旅の過程で訪れた。いまからちょうど30年前の話です。

本書によれば、以前からあった路上でのアイスキャンデー売りが活気を見せ始めるのが1975(昭和50)年頃だそうで、〈ババヘラという俗称が県民の口から出はじめるのもこの時期である〉というから、ぼくが秋田を旅したときは、すでにババヘラは存在していたことになる。

けれど、残念ながらぼくはババヘラを口にしていない。旅の主な目的が、その土地の名物料理を食べ、地元のおいしい酒を飲むことだったから、アイスのような甘いものに目を向けるヒマがなかったのです。それに、当時は鉄道とバスでの移動が中心だったので、国道沿いに展開しているババヘラ売りが視界に入ってこなかったという事情もある。食べたかったなー、ババヘラ。

ルーツは明治末期の高知にあった!?

路上で買うもの、路上で食べるものって、なんであんなにおいしいんだろう。いまではすっかり数が減ってしまったけれど、お酒を飲んだ帰りに屋台で食べるラーメンのうまいこと。おでんなんかも、店で食べるより屋台で食べるほうが100倍おいしい気がします。

80~90年代に青春を過ごした若い子なら、クレープを買って食べ歩いた思い出があるかもしれない。なぜかベルギーワッフルがブームになったこともある。鎌倉では、観光客による食べ歩きゴミのポイ捨てに地元商店会が憂慮している、という話も聞いたことがある。それくらい路上や野外での食べ歩きは魅力なのです。

名前こそババヘラではないものの、秋田以外の土地でもアイスの路上販売は存在する。〈ほかにアイス(シャーベット)で有名な地域といえば、南から沖縄、熊本、長崎、高知などが挙げられる。ほとんどが南の国〉だそうです。気温の高い地域でアイスの販売が活発なのは理にかなっている。

であるならば、日本でも有数の雪国である秋田にババヘラがあるのはなぜでしょうか? 著者は路上アイスのルーツを探るべく、上記の各地を訪ねて回ります。

沖縄の路上アイスは「アイスクリン」と呼ばれている。販売員はババ……ではなく、大半が10代とおぼしき若い女性だというから、個人的には「ギャルヘラ」と呼びたい。ババヘラのように金属ヘラで盛り付けるわけではないから「~ヘラ」と呼ぶのは不自然ですが、そんな細かいことはいいじゃないか。

さらに著者は沖縄と秋田というかなり離れた土地で似たような路上のアイス販売が存在する関係についても調査を進めますが、それは実際に本書を読んでみてほしい。

続いて高知でも、沖縄同様に「アイスクリン」が売られており、〈05年現在、高知県内にあるアイスクリーム製造メーカーは105社! 「アイスクリーム類」(アイスクリンのこと)の行商は192軒〉というから、かなりのビジネス規模です。
歴史的にも、明治の末期からすでにアイスクリンが路上販売されていたというから、ここがアイスの路上販売のルーツといってよさそう。高知のアイスを、ぼくは「ぜよヘラ」と呼んでみたい。

都市部におけるババヘラといえば……

いま自分が暮らしている関東地方で、アイスの路上販売はイベント会場などでの一時的な出店を除いて、まず見かけることはない。それは、新たに営業を始めようにも食品衛生法と道路交通法が立ちはだかって、許可を取ることが非常に困難だからです。屋台のラーメンが消滅しつつあるのも同じ理由による。

いや、それは都市部に限った話でもない。秋田のババヘラにも営業許可の問題は昔からあって、業者たちの努力と様々な工夫で乗り越えてきただけのこと。そのあたりのことは、最終章「VII 路上のゲリラたち」に詳しいので、ぜひ目を通してみてほしいです。

福岡へ出張したときに夜の中洲で見た屋台の立ち並ぶ光景は、たまらなく美しかった。日本全国の観光地にああいう場所があったらいいのにと思う。東京スカイツリーが出来るとき、ソラマチがそういう場所になったらいいなあと願ったけれど、いざ完成してみればあの通りで、曳舟の地平線には下町の風情とは無縁のシャングリラが出現した。

いま、鉄道の各駅には随所にアイスクリームの自販機があります。行政の壁という分厚いルールの中で許されたあれらの自販機こそが、都市部におけるババヘラといえるのかもしれません。

【書誌データ】
■あんばいこう・著『ババヘラの研究』(2011年10月/無命舎出版)

PHOTO:とみさわ昭仁

『ババヘラの研究』はこちらから購入できます

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画像:Amazon
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※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。

【筆者】とみさわ昭仁

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1961年東京生まれ。フリーライターとして活動するかたわら、ファミコンブームに乗ってゲームデザイナーに。『ポケモン』などのヒット作に関わる。

2012年より神保町に珍書専門の古書店「マニタ書房」を開業。2019年に閉店後は、再びフリーライターとして執筆活動に入る。近著は、プロハンバーガーこと高野政所氏が画像生成AIで作った架空の昭和の風景画集『架空昭和史』(辰巳出版)の編集&プロデュースを担当。

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