更新日: 2024年12月26日
「衝撃アウトドア本」発掘レビュー!STRANGE OUTDOORE BOOK vol.2『ツキノワグマの掌を食べたい!』
まっぷる読者の皆さん、またお会いしましたね!
取材と飲酒以外では滅多に家から出ない引きこもりライターのとみさわ昭仁です。ちょっと変わったアウトドア本を紹介する「STRANGE OUTDOORE BOOK」(通称:SOB)、今回は『ツキノワグマの掌を食べたい!』だなんて、ちょっと物騒な感じのする本をご紹介しましょう!
北尾トロ氏の著作は趣味の遍歴が丸わかり
今回紹介する本の著者である北尾トロ氏は、80年代初頭にフリーライターとなり、かれこれ40年以上も第一線で活躍してたベテランです。その主な著書・共著を刊行順に並べてみましょう。
『ぼくはオンライン古本屋のおやじさん』(2000年)
『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』(2003年)
『愛の山田うどん 廻ってくれ、俺の頭上で!!』(2012年)
『町中華とはなんだ』(2016年)
『猟師になりたい!』(2014年)
その時々に興味を持ったことを本の題材にしてきているので、著書一覧を見ていくと趣味の遍歴が丸わかりになってしまうので興味深いです。
本好きが祟って古本屋を始め、裁判の傍聴にハマり、食べ続けてきた山田うどんへの愛を語り、仲間と町中華を探訪し、狩猟免許の取得に挑む。フリーライターというのは、趣味を仕事に結びつけることのできる幸せな職業だと言えます。
ちなみに、上記した著作のうち『裁判長~』の裁判傍聴記シリーズと『町中華~』シリーズは続編も数冊あり、『裁判長~』はコミック化、ドラマ化、映画化もされ、「町中華」に至っては、生活圏にあるごく普通の中華料理屋を指す呼称として一般にも定着しました。
そんなトロ氏の最新刊が、『猟師になりたい!』シリーズのひとつとも言える『ツキノワグマの掌を食べたい!』です。
猟師への取材を経て、ぼくも猟師になりたい!と
トロ氏が猟師になろうと思った出発点は、『ぼくはオンライン古本屋のおやじさん』にまで遡ることができる。
1999年にネット古書店を開業したトロ氏は、やがて長野県南部の高遠町(現・伊那市)で「本の町プロジェクト」を立ち上げます。本の町とは、片田舎の町に本を扱う店を集中させ、そこには本好きな人たちが集まってくるというイメージで、一種の町おこしと言えるでしょう。
その活動のために東京と長野を往復する生活を始めたトロ氏ですが、2011年の東日本大震災をきっかけに脱・東京をはかり、翌年には家族と共に長野県松本市へ移住します。そんなトロ氏の元に、地元の編集者から連絡が来る。
〈長野県で暮らすようになったのだから、ここでなければできない取材をしませんか。猟師へのインタビューを〉
これね、フリーライターならわかるんです。こんな仕事の依頼を断れるわけがないと。どう考えたっておもしろいに決まってるじゃないですか。猟師ってどうやってなるの? どんな資格がいるの? 猟銃の所持試験ってどんなの? 値段はどれくらいするの? 動物を殺すことに抵抗はない? もう訊きたいことだらけ。
で、その取材をして記事を書き終えたトロ氏は、大方の予想通り「ぼくも猟師になりたい!」と思ってしまい、そこに至るまでの過程を『猟師になりたい!』という本にもした。
適切な処理さえすれば意外にうまいカラス
さて、ようやく本題に入れます。本書『ツキノワグマの掌を食べたい!』は、狩猟につきものである獲物の肉を、あれこれ実食してみた記録──つまり「ジビエ探食記」です。
初めて撃ったバン(ツル目の鳥)の味を皮切りに、ヤマドリ、イノシシ、シカといった、ジビエとしてはお馴染みの肉のレポートが続く。もちろんどれもうまい。ハンターでありながら本職の料理人でもある人物が調理してくれたからという利点はあるのですが、仮にそうでなくても、カモ鍋やイノシシ鍋がうまいことは、すでに多くの人が知っている。
しかし、カラスはどうなのか?
あの真っ黒な見た目。不吉なイメージ。早朝のゴミ捨て場を漁る不衛生な行為……。どう考えたってその肉がおいしそうだとは思えません。だけど、予想に反してカラスを実食したトロ氏たちは、口を揃えて〈旨い旨い!〉と言うのです。
その理由はいくつかあって、本書の中では〈カラスは近寄るとすぐ逃げるので、エアライフルでネックショット。だから、肉の状態はいいはず〉〈昔の人と違うとしたら、高性能のエアライフルで仕留めたということがある。肉に傷がつかず、血も回らなかったのが大きいのかも〉などと言及されています。
都会の残飯を食べてるカラスではなく、山でミミズやどんぐりを食べてるカラスだから味がいいのでは? と思う人もいるかもしれないけど、それはあまり関係ない。都会で見かけるカラスも都会に棲んでいるのではなく、地方のねぐらから毎日出勤してくるのがカラスという鳥の習性だから。
とにかく、ベストな銃と腕前で仕留め、適切な下処理を施せば、カラスだっておいしく食べられるということのようです。
クマの掌はこれまでの人生で未体験の味
さて、いよいよ「ツキノワグマの掌」の登場。「掌」と書いて「てのひら」と読む。クマの肉だけならば食べたことあるよ、という人は多いでしょう。ぼくも15年ほど前に冬の湯西川温泉でクマ鍋に舌鼓を打ちました。肉質は若干固かったけれど、野趣あふれる風味がおいしかった。でも、掌はいまだ食べる機会に恵まれていない。
中国の宮廷料理「満漢全席」のメニューには、駝峰(ラクダのこぶ)、豹胎(ヒョウの胎盤)、猿脳(サルの脳みそ)といった珍味と並んで、熊掌(クマのて)も含まれています。それくらい珍しい食材ということ。もはやジビエかどうかとは関係ないところに来ている。
本書ではその調理過程も紹介されていて、まずはバーナーで掌の剛毛を焼き切り、金属ブラシで焼いた毛を除去し、太い鉤爪はペンチで引き抜き、骨から肉を引き剥がす。およそ料理の説明からは程遠い単語の羅列ですが、クマと対峙するということはそういうことなのです。
そして、出来上がったのは「クマの手の姿煮」。味付けは、クマそのものの味を堪能するために醤油ベースの薄味で仕上げたという。食べてみたトロ氏曰く、
〈ゼラチン質の塊だけではなく、肉もしっかりついていて、一緒に食べたら、ぷるんとした食感とほろほろの肉が相まって、お世辞抜きで旨く、八角の香りも効いている。とはいえ、どんな味と訊かれたら、これまでの人生で未体験の味とでも答えるしかないのだが〉
とのこと。生前のクマの掌に殴られたらこっちがジビエにされてしまうわけですが、撃ち倒したクマの掌は、ジビエの中でも味の複雑さと入手の困難度において群を抜いた存在のようです。
ぼくはあらゆる珍肉を食べることをライフワークのひとつにしており、これまでにヘビ、カンガルー、ワニ、ウサギ、マンボウ、ウツボなどを食べてきました。ものすごくうまいものもあれば、2度と食べたくないものもあった。でも、重要なのは味じゃない。いつか、クマの掌も食べてみたいものですなー。
評者:とみさわ昭仁(とみさわあきひと)
『ツキノワグマの掌を食べたい!』はこちらから購入できます
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※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。
【筆者】とみさわ昭仁
1961年東京生まれ。フリーライターとして活動するかたわら、ファミコンブームに乗ってゲームデザイナーに。『ポケモン』などのヒット作に関わる。
2012年より神保町に珍書専門の古書店「マニタ書房」を開業。2019年に閉店後は、再びフリーライターとして執筆活動に入る。近著は、プロハンバーガーこと高野政所氏が画像生成AIで作った架空の昭和の風景画集『架空昭和史』(辰巳出版)の編集&プロデュースを担当。