更新日： 2021年3月26日

【連載エッセイ・第28回】猫と田舎で暮らしてみた～6匹と僕たちの里山生活～

東京生まれ、東京育ち。9年前に奥さんと、大分・国東半島へ移住。

そこで出会った猫たちと、こんどは、自然豊かな伊豆の田舎へ。

ゆっくりと流れる時間のなかで、森や草むらで自由に駆け回る猫たちと、一緒に暮らす日々のあれこれをお伝えしていきます。（毎週火曜日・金曜日に公開）

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静かな暮らし

僕はタクシーの中や狭い待合室で誰かと居合わせると、沈黙の気まずさに息が詰まりそうになる。だからといってその気まずさを紛らわすために世間話をするでもなく、もちろんよく知らぬ誰かと話をしたいとも思わない。
みんなでワイワイガヤガヤというのが僕は何よりも苦手で、旅行も食事もドライブも買い物も一人のほうが気楽で楽しいし、毎日の暮らしも極力静かに穏やかで、必要最小限のことしか話さなくても分かり合える伴侶と過ごしたいと思う。そういう僕は人間嫌いなのかな？　というとそんなこともなく、ただ延々と話すことにいつも疲れてしまうだけなのです。

人は猫の言葉を解さず、猫も人の言葉を解さない。だから僕が猫たちに話しかけるときは一方的だし、彼らが何かを控えめに訴えるときもとことん一方的なのに違いない。
そんな常に一方通行の語りかけや訴えであっても、僕は彼らとの間に煩わしさを感じることはなく、どんなに狭い空間に居合わせても人間同士の時と違って奇妙な気まずさは微塵もない。
なぜなら猫たちは僕の時間を侵さず、僕の空間を侵さず、僕の感情を侵さないから。

猫たちは慌てず、騒がず、押しつけず、駄々をこねず、ただ暖かく穏やかな空気のようにいつもそこにいる。そしてときどき眠りの合間に目が合って、「よう」と声をかけると「にゃー」と答えてくれる。大あくびをして、そしてまたイビキをかいて夢の中。猫たちが僕にとって優しさに満ちた空気であるように、僕も彼らにとっての安らいだ空気になりたいと思う。

東京に住んでいた間、僕はずっと「静かな暮らし」というものに憧れていた。
マンションの隣室や上下階や近隣から響いてくる生活音はいつも僕を悩ませた。それは人の声だったり、騒々しい音楽だったり、犬の吠え声やテレビの音やバイクの排気音だったりした。
田舎に住む。人里離れた山の麓に住む。ということは、そういった生活音から逃れることでもある。僕は東京を離れてからずっと「静かな暮らし」の中に身を置いていて、そこにある音といえば時折自然が奏でる葉擦れや雨や雷の音か、季節を告げる鳥や虫の声くらいしかない。海や川のすぐ近くにでも住まない限り自然というのは基本的に無口で無音なものなのです。

みんなでワイワイガヤガヤは遠い遠い空の果て。
僕の家にはもう何十年もテレビがなく、ステレオもなく、お湯が沸くと鳴り響くヤカンもない。一日中音らしい音はほとんどせず、そして猫たちは不要な大声を上げることもなく、爪をしまうことのできる彼らはカチャカチャと騒々しく駆け回ることもない。

言葉が通じなくても、言葉を交わさなくても、なんとなく分かり合えているような猫たちとの暮らし。ときどき目を合わせて、「春だな」「そうだね」みたいに季節や時間を共にしていることを確かめる暮らし。
僕は都会の流行から、いいや時代の流れからもいつか零れ落ちていくんだろうと思う。だけど皆が同じものを見て、皆が同じものを愛さなくたっていいはずだよ。自分にとって本当に大事なものや、本当に愛すべきものは人の数だけ異なるはずだもの。なんてことを、まだホーホケキョと上手に鳴けないウグイスの声を聴きながら考えていました。（文・写真：高橋のら）

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