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まっぷるマガジン編集部

更新日:2020年4月13日

ポルトガルと共に歩んだマカオの歴史を知る

古今東西が入り交じる独特の雰囲気は、複雑な歴史が織りなすもの。栄枯盛衰を繰り返した街は、再び繁栄の時を迎えている。

貿易拠点として発展したマカオ

広東省や福建省からやって来た人々が暮らしていたマカオに、ポルトガル人が初めてたどり着いたのは1513年。マカオが歴史の表舞台に登場するのは、ポルトガル人の定住が始まる16世紀半ばのことだ。1557年、明朝はポルトガルに対し、海賊の討伐に協力した見返りとして、マカオの永久居留権を寄与。ポルトガル領土としてのイメージが強いマカオだが、当初は、あくまでも明朝に地代を払うことで居住権を得る“租借地”だった。

海に面し丘や広場もある祖国によく似た地勢のマカオで、ポルトガル人たちは街を形成してゆく。世界遺産の「リラウ広場」は、初期にポルトガル人が暮らした場所だ。ポルトガル人定住後、マカオは日本・明国間の中継貿易で、莫大な富を築く。同時に、キリスト教の布教も活発に行なわれるようになり、アジアを管轄するマカオ司教区が開かれた。「大堂(カテドラル)」は布教の拠点となった場所だ。1582~90年には、4人の日本人少年が天正遣欧使節としてローマへ派遣され、その往復路でマカオに立ち寄った。

だが、時代は一転。豊臣秀吉によるキリスト教徒迫害の時代が到来すると、天正遣欧使節の原マルチノや多くのキリシタンが弾圧を逃れ、新天地を求めてマカオに移住した。彼らのなかには「聖ポール天主堂」の建築に携わった者もいる。1639年、徳川幕府は鎖国令を発令し、ポルトガル船の来航を禁止。約1世紀にわたった日本とマカオの関係も、冬の時代を迎える。

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17世紀前半に築かれた要塞、モンテの砦

繰り返される衰退と繁栄

マカオの経済はいったんは停滞するものの、再び繁栄の時が訪れる。そのきっかけとなるのが、清朝の外交通商政策だ。1757年、清は西欧諸国との貿易を広州に限定、さらに広州への滞在を冬の貿易シーズンに限り許可したため、ヨーロッパの商人たちは、次の交易が始まるまでの夏の期間を、広州に近いマカオで過ごすようになったのだ。

こうして、マカオに再び賑わいが戻るが、繁栄の主役はポルトガルではなく、ヨーロッパへ茶葉を輸出するイギリスだった。だが、中国からイギリスへは茶が輸出されるものの、イギリスから中国へ輸出できる製品はほとんどなく、イギリスは大幅な輸入超過に陥る。この状況を打破するべく、イギリスは1780年代以降、インド産アヘンを中国へ輸出。アヘンにより社会不安や経済への圧迫を抱えた清朝は、アヘンを没収。こうして1840年にアヘン戦争が勃発。戦争はイギリス艦隊の圧勝で終わり、イギリスは香港を手に入れた。当時のイギリスの国力の後押しもあり、香港が国際貿易の拠点として急成長する一方、マカオの地位は相対的に下がっていく。

さらに、列強各国のアジア植民地化の動きがマカオにも襲いかかる。1849年、ポルトガルは長年続いていたマカオの地代支払いを停止。1887年には、清とポルトガルによる通商条約で、マカオの永久統治が合意。マカオは正式にポルトガルの植民地となった。

 

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1587年に建てられ、1828年に再建された聖ドミニコ教会

中国返還、歴史に残る再開発

繁栄と衰退を幾度となく繰り返してきたマカオも、19世紀末から20世紀初頭にかけては、比較的平穏な時代を送っていた。第二次世界大戦中、香港は日本に占領されたが、マカオにまでは進駐が及ばなかった。この時期、マカオでは戦争特需により華やかな舞踏会や演奏会が繰り広げられ、賭博場やレストランも大いに賑わっていたという。

一方、本国ポルトガルでは、1974年に民主化革命が起き、所有していた海外領土を放棄する方針をとる。ポルトガルから中国へマカオ返還の申し入れがあったものの、すぐ実現にいたらなかったのは、同じく植民地下にある香港市民の動揺を中国が恐れたためといわれている。しかし、1984年に中国とイギリスの間で香港返還の話し合いがされた3年後、中国とポルトガルの間でもマカオ返還の共同声明が調印された。そして1999年12月、マカオの行政管理権は中国へと返還。返還前の制度が向こう50年間保全される「一国二制度」が敷かれた。

近年の華やかなエンターテインメント・シティとしてのマカオが姿を現したのは、2002年頃のこと。政府がカジノ経営権を外国資本にも開放したとたん、外国からカジノ企業が押し寄せ、街は一挙に開発ブームに。コタイ地区にはアジア最大のメガリゾート計画が打ち出され、以降、着々と豪華ホテルやショッピングモールがオープン。歴史がつくり出したエキゾチックな街並とコントラストをなしている。

 

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ギャラクシー・マカオはコタイ地区のなかでも有数の規模を誇るリゾートだ

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奥付:
この記事の出展元は「トラベルデイズ 香港 マカオ」です。掲載している情報は、2016年9月〜2017年1月の取材・調査によるものです。掲載している情報、商品、料理、宿泊料金などに関しては、取材および調査時のもので、実際に旅行される際には変更されている場合があります。最新の情報は、現地の観光案内所などでご確認ください。

※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。