もっとヴェネツィアを楽しむ 華やかなお祭り騒ぎカーニバルへ

華やかな仮装が街に入り乱れる伝統的なお祭りは、時期が合えばぜひ訪れてみたい。勇気を出して仮装にも挑戦してみよう。

カーニバルとは??
イタリア語では「カルナヴァレ」。四節句(復活祭前の40日間)を迎える前に、人々が食肉に感謝して飲み食いする謝肉祭のこと。毎年サン・マルコ広場には道化師や貴婦人、仮面の麗人など中世から続く伝統に従って仮装した人々で華々しく賑わう。ゴンドラパレードやサン・マルコ広場のステージなど多彩なイベントも魅力的だ。仮面は店で売られており、貸衣装屋さんもあるので飛び入り参加もOK。
2017年2月11〜28日 www.carnevale.venezia.it

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みんな気軽に記念撮影に応じてくれる!

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まわりの仮装した人々を眺めているだけでも楽しい

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夫婦でばっちり衣装を決めて参加するのも素敵

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カーニバルはサン・マルコ広場がおもな会場となる

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カーニバルモチーフのおみやげはヴェネツィアの定番

ヴェネツィアの歴史物語

6世紀末〜ヴェネツィアの成り立ち

異民族から逃れた本土の住民の集落が始まり。トルチェッロ島やリド島を経て、9世紀に本島リアルトへ街が移る。東ローマ帝国下だったが、「ドージェ(総督)」を中心とした自治組織で動いており、共和国の基礎となった。828年にはエジプトから運び入れた聖マルコの遺骸を守護聖人として寺院を建立。聖人の象徴「有翼の獅子」像も誕生した。

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1095年〜十字軍遠征の基地

11世紀には聖地エルサレム奪回のための十字軍が結成され、遠征の拠点として発展。1202〜04年の第四次十字軍では地中海の要衝コンスタンティノープルが陥落。宝物や戦利品、周辺の島々を手に入れる。14世紀半ばにはペストの被害を受けながらも、宿敵ジェノヴァとの戦に勝ち、全盛期に突入する。

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1381年〜貿易を制した最盛期

1381年にトリノで講和条約が結ばれると、ヴェネツィア共和国はアドリア海と地中海の覇権を得る。10世紀頃から始まった貿易業は、ついに東方貿易を独占するまでになった。豊かな財力を背景に、14世紀後半〜15世紀には文化、政治経済ともに絶頂期を迎える。ゴシックやルネサンスの華麗な建築物が建てられ、ヴェネツィア派の画家たちが台頭。伝統工芸品のガラス細工やレースも発達した。

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16世紀〜共和国の終焉

16世紀に入ると繁栄に陰りが見え始める。1571年のレパントの海戦ではキプロスを失い、トルコとの長い戦で植民地のほとんどが奪還される。ペストの再流行、貿易の新航路が発見されるなど、街の体力は次々に奪われ、1797年にはナポレオンが入城。共和国1000年の歴史が幕を閉じた。

1797年〜祝祭都市として

18世紀末〜19世紀半ばまでフランス、オーストリアと支配を受け、1866年にイタリア王国に併合される。その間、ヴェネツィアは祝祭的な文化都市として発展。18〜19世紀にはカフェが相次いでオープンし、オペラや演劇が発展。街の自由で優雅な雰囲気にひかれて欧州各地から芸術家や文化人が集まった。観光都市となった20世紀以降も、カーニバルなどイベントが盛んだ。

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奥付:
この記事の出展元は「まっぷるイタリア’18」です。掲載されている電話番号、営業時間、料金などのデータは2016年10〜12月の取材・調査によるものです。いずれも諸事情により変更されることがありますので、ご利用の際には事前にご確認ください。料金・価格の単位は、ユーロ(€)で表示しています。

※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。

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