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どうしてここにビール工場? 商品名が駅名に

この場所に工場ができたのは、1889(明治22)年でした。
当時、周辺は下渋谷村・三田村と呼ばれ、畑や山林がひろがるのどかな農村だったといいます。そこにサッポロビールの前身である「日本麦酒醸造会社」が、およそ2万平方メートル(2ヘクタール)の敷地を取得し、ビール工場を建設しました。その翌年には「恵比寿麦酒」という商標で、生産を開始しています。

なぜこの場所が選ばれたのか、いくつか理由がありそうです。

ひとつめは、ビール造りに欠かせない「水」です。一般にビール1Lを作るのに、10~20Lほどの水が必要と言われています。この工場のすぐ近くには、農業用水の三田用水(現在は消滅)がありました。そこから引水し、敷地内にある「四角池」に貯留して利用していました。

ふたつめは、消費地である都心に近い立地です。工場脇には、既に鉄道線(当時は日本鉄道品川線)が開通していました。重量のある瓶ビールの輸送には、この鉄道線が好都合だったようです。ビールの出荷量増加に伴い、1901年、工場敷地内に建設されたのが貨物専用の「恵比寿」停車場でした。

そう、「恵比寿」という駅名は、「恵比寿麦酒」にちなんで名づけられたのです。

恵比寿駅の誕生、やがて地名として定着

1915(大正4)年製版 1/20000「東京南部」/ 「今昔マップon the web」より

こちらは大正時代の地図です。工場誕生からおよそ25年が経過しています。「恵比寿麦酒製造所」とあります。工場敷地内には、先述の「四角池」が、正方形で描かれているのがおわかりでしょうか。山手線には「ゑびす」(恵比寿)駅があります。この駅は、貨物駅開設から5年後の1906年に、渋谷寄りに開設されました。

その後、ビール工場の拡大や駅周辺の発展に伴って、この地域は「恵比寿」と呼ばれるようになります。
町名「恵比寿通」が誕生したのは、1928(昭和3)年のことでした。

1931(昭和6)年製版 1/25000「東京西南部」/「今昔マップon the web」より。

こちらの地図は、その少し後のものです。「ゑびす」駅から東に真っすぐ延びる大通りに沿って「恵比壽通」の文字が見えます。工場周辺が住宅密集地へ変わり、都市化が進んでいることがうかがえます。

戦後になると、区画整理や住居表示の際に「恵比寿南」「恵比寿西」などの町名が続々誕生し、「恵比寿」と名の付く地域は周辺にも広がっていきました。
このようにして、商品ブランド名「恵比寿」は、地名として定着していったのです。

「商品名」由来の地名は他にもある?

「企業名」が地名になった例は、豊田市(愛知県)・東芝町(東京都府中市)など数多くあります。
しかし「商品名」が地名になった例は、国内では非常に珍しいようです。ここでは2箇所ほど、ご紹介します。

■スバル町(群馬県太田市)
スバル(旧名・富士重工業)で知られる自動車メーカー、そのブランド名が由来となっています。現在は企業名にもなっていますが、元は自動車の名称でした。

昭文社発行 都市地図「太田市」より

■さくら町(東京都日野市)
コニカミノルタは、カメラ・フィルムメーカーの「コニカ」と「ミノルタ」とが経営統合した会社です。このコニカで生産されていた、フィルムの商品名「サクラカラー」が由来となっています。現在も、同社の工場があります。

昭文社発行 都市地図「日野市」より

現在は東京の観光名所「恵比寿ガーデンプレイス」

現在は東京の観光名所「恵比寿ガーデンプレイス」
2022年昭文社刊行 「街の達人全東京」より

恵比寿に話を戻しましょう。
ビール工場は、周辺の都市化やビール需要増大のため、1988年に千葉へ移転します。跡地は再開発され、1991年に複合施設「恵比寿ガーデンプレイス」が開業しました。

恵比寿ガーデンプレイス(筆者撮影)

恵比寿ガーデンプレイスは、ヨーロッパ調の建物群や屋根付きの大広場が特徴で、イルミネーションや撮影ロケ地でも知られています。開業時は東京の新名所として多くの観光客を集め、現在も賑わいを見せています。
敷地内には飲食店のほか、観光にうってつけの文化施設が多数あります。2つほどご紹介しましょう。

■ヱビスビール記念館
ヱビスビールや工場の歴史に触れることができます。またビールの飲み比べが人気のようです。
https://www.sapporobeer.jp/brewery/y_museum/

■東京都写真美術館
日本初の写真と映像を専門にする美術館です。映像とアートの国際フェスティヴァル「恵比寿映像祭」が、2009年より毎年冬に開催され、新たな賑わいを創出しています。
http://topmuseum.jp/

東京都写真美術館(筆者撮影)

YEBISU BREWERY TOKYO

住所
東京都渋谷区恵比寿4丁目20-1恵比寿ガーデンプレイス内
交通
JR山手線恵比寿駅から徒歩8分
料金
ヱビス8=1100円~、ガイドツアーは別料金/

東京都写真美術館

住所
東京都目黒区三田1丁目13-3恵比寿ガーデンプレイス内
交通
JR山手線恵比寿駅から徒歩7分
料金
展覧会・上映により異なる

農村から工場へ、そして観光スポットへ

農村から工場へ、そして観光スポットへ
ガーデンプレイス近くの歩道にあるプレート(筆者撮影)

さて、今回は1968年の古地図から、恵比寿の歴史を紐解いてみました。筆者は、この地にビール工場があったことは知っていましたが、地名が商品名になったのだと、勝手に思い込んでいました。しかし実際は逆で、「商品名が先」だったわけです。

なんとなく知っているあの街にも、調べてみると、思いがけない歴史の事実が見つかるかもしれません。
みなさんも「ちょっと昔」の地図から、そんな発見をしに小さな時間旅行に出かけてみては如何でしょうか。

【参考にした資料:目黒区公式サイト、渋谷区公式サイト、CreaVision公式サイト、恵比寿ビール商店会公式サイト】

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昭文社が刊行してきた都市地図には、道路や鉄道、河川など街の骨格となる情報はもちろん、町丁名や地番、学校・役場などの公共的施設から、住宅団地やアパート、スーパー・デパート、工場や倉庫などの民間施設まで豊富に掲載してきました。収録内容も時代とともに変化するなど、地図はその時々の景観や暮らしが垣間見える「街の記憶」でもあります。

この商品は昭和40年代以降に出版した大判の都市地図から、時代の変化がわかる4世代の地図を選出・複製し、どこでも手軽に利用できる電子書籍として編集・構成したものです。

銭湯や映画館、銀行や郵便ポストなど生活密着の情報から、住宅団地の整備、工場跡地の再開発まで、様々な街の様子や移り変わりを地図から読み解きつつ、昭和から平成に至る社会の変化と合わせて時間を辿ってみてはいかがでしょうか。

<商品の概要>
◆収録されている都市地図の刊行年 「1968年」「1985年」「2001年」「2014年」

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※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。

現住所は地図雑学系ライター、本籍は地図実踏調査員。昭文社地図の現地調査歴15年以上の、自称「地理のプロフェッショナル」チームです。これまで調査・取材で訪問した市区町村は、およそ500以上。昭文社刊『ツーリングマップル』『全国鉄道地図帳』等の編集に参加しています。休日は、国内外の廃線、廃鉱など「廃」なものを訪ねる「廃活」、離島をめぐる「島活」中。好きな廃鉱は旧羽幌炭鉱、好きな島はサンブラス諸島(カリブ海)と大久野島。特技は「店で売ってる野菜の産地名⇒県名を当てること」。

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