目次
地図会社が作る地図、地形図とは何が違うの?
少年B:
そもそも紙の地図ってどうやって作るんですか? 日本中を測量して回っている……?
今和泉:
いや、実は地図出版社は測量はしてないんです。国土地理院の地形図をもとに加工しているんですよ。
少年B:
えーっ! そうなんですか! でも、だったら地形図を見ればいいじゃん……と思ってしまうんですが。
今和泉:
そう思いますよね〜。では、地図と地形図は何が違うのか、ということを説明しますね。
まずはクイズです。地形図とは何を伝える地図でしょうか?
少年B:
えーっ? 地形図っていうぐらいだから、やっぱり地形じゃないですか? 山登りに使うイメージがあります。等高線とかが詳しく書いてありますよね。あと「ここが桑畑だよ」とか、土地の用途を記してあるような気がします。
今和泉:
おお! そこまで答えられれば大したものですよ。地形図は「地形」と「土地の用途」、それにあともうひとつ「公共施設」に強い地図なんです。じゃあ、その地形図が弱いのはどこでしょう?
少年B:
わかった、商業施設ですね! お店の名前は書いてないもん。
今和泉:
そうです。地形図は商業施設を含む、民間の施設には弱いですね。
今和泉:
ひとつおもしろい話をすると、以前地形図には「電報電話局」という地図記号があったんですが、電電公社が民営化して、NTTになった瞬間なくなったんです。
少年B:
えーっ! 民間になったから興味を失ってるってことですか? あれ、でも郵便局は残ってますよね……?
今和泉:
そうですね、郵便局は多くの人が使う公益的な施設なので残っているんだと思います。国鉄が民営化して誕生したJRもいまだに残っていますし、私鉄は民間とはいえさすがに描いてますからね。恐らくですが、電話局はわざわざ行くことがないので消えたのでは。
少年B:
確かに、郵便局が描かれなくなったらけっこう困るな……。
今和泉:
たぶん、地形図は民間の営利活動に興味がないんでしょうね。「銀行」の地図記号は使われなくなって、逆に「老人ホーム」などは追加されたんですが、やっぱり民間とはいえ公益の施設ですし。
今和泉:
あとは信号機の名前(交差点名)やバス停の記入もないので、「交通」にも弱いですね。交通規制の情報、たとえば一方通行情報もない。アクセスマップではないので、駅の出口の番号や名前などもありません。
少年B:
ああー! たとえば地下鉄だと「A8出口」とかまでありますもんね。都市部では致命的……!
今和泉:
先ほどBさんは山登りに使うイメージと言いましたが、逆に言えば登山者はそういう商業や交通情報はなくてもいいんですよ。
少年B:
そうか、山の上って山小屋ぐらいしか施設がないし、最寄り駅もそんなに複雑じゃない! 高さがわかるのは便利だし……!
今和泉:
地形図を見てドライブしたり、目的地に向かう人はいない、というのはそういうことなんです。
今和泉:
あとは縮尺の問題もあります。現在、全国をカバーする地形図の縮尺は2万5000分の1なんですよ。これだと正直、都心部、市街地の細かい情報は入りません。昭文社の街の達人なんかだと、1冊の中にいろいろな縮尺の地図が入ってるんですが、都市部は1万分の1から1万5000分の1で、中心部はそれより詳しい縮尺の地図があります。
少年B:
かゆいところに手が届くわけですね。なるほど……!
地図の歴史と会社ごとの違いとは
今和泉:
なので、その地形図に各社いろんな情報を追加して見やすくしたのが民間地図なんです。明治時代は個人が地図を作っていたこともあるんですよ。
少年B:
えーっ! めちゃめちゃ意外ですね……!
今和泉:
発行者を見ると個人や地域の書店だったりして。今でいう、フリーペーパーやタウン情報誌に近い位置づけだったんだと思います。それが昭和の時代になると、地域書店の発行が減り、大手地図会社が登場します。
今和泉:
戦前は駸々堂(しんしんどう)出版などがメジャーで、戦後は関東の「塔文社」、関西の「和楽路屋(ワラヂヤ)」が台頭、その後人文社や日地(ニッチ)出版など、さまざまな会社が登場します。バブル期以降は大阪で生まれた「昭文社」と東京の「東京地図出版」、名古屋の「アルプス社」の時代ですね。
少年B:
でも待ってください。どの会社もみんな同じ地形図を元にして、同じように商業施設や交通の情報を載せるわけでしょう。じゃあ、別にどの会社の地図を買っても一緒じゃないですか?
今和泉:
そう、どこで個性を出すか? という問題がありますよね。各社それぞれ、デザインや見やすさ、情報量などで差別化を図っていたんです。正直、昔のものは今見ると「そんなに違わないな」と思うレベルなんですけど。
少年B:
それでも各社工夫を凝らしていたんですね。
今和泉:
たとえば、細かく町名を載せる、学校の名前を載せるのが基本で、各社でどんな名所旧跡、主要施設を入れるのか、考えていたと思います。細かく町名を載せた結果、1968年の和歌山の地図にはこんなものがあります。
少年B:
見にくっ!!! なんですかこれは。
今和泉:
和歌山は町名がすごく細かく分かれているので、その情報を全部カバーしようとしたらこうなったんでしょうね。
今の時代からすると確かに見にくいですが(笑)、これも当時の工夫の一環なんです。
少年B:
なるほど、時代を反映しているんだなぁ。
今和泉:
あと、実は地図で全国をカバーしたのって、実は昭文社が初なんですよ。それまでは各社、自社周辺のエリアの地図しか作っていなかったので。だから、何社もの地図を選んで使える地域はそんなになかったのでは? と思いますね。
少年B:
はー! 棲み分けがはっきりしていたんですね。
今和泉:
その中で、デザインを追求したのが高度経済成長期以降の3社ですね。その中で、90年代半ばにデジタル化し、デザインを追求した昭文社が残りました。現在、書店などで全国の道路地図や都市地図を出版しているのは昭文社だけです。
東京23区限定の地図も入れると東京地図出版を吸収合併したマイナビ、そして地図に新規参入した成美堂(せいびどう)出版もあります。北海道の地勢社など、地方の地図出版社がまだまだ頑張っているところもありますが、それでもかなり減ってしまいました。
地図が映す「都市景観」の変化
今和泉:
時代でいうと、地図記号や表示されるアイコンも大きく変化しています。凡例を見てください。
今和泉:
当初は地形図と似ていて、公共施設や学校などが主に描かれていました。商業施設よりは映画館のほうが、大きく漏れなく書かれていたりもしました。
特に、昔は銀行の存在感が大きくて、待ち合わせなども「○○銀行前で」みたいな感じで行われる、街のランドマーク的な存在だったんですが、大規模な合併が起き、移転や統廃合によって、動かぬ目印ではなくなってきました。そうすると、次第に銀行の存在感がなくなり、変わってコンビニの重要性が増していくわけです。
少年B:
今やコンビニのない生活なんて考えられませんもんね。「重要」とされているものが時代によって変わっていくのかぁ……。
今和泉:
そうです。それが地図が映す「都市景観」の変化なんですよ。情報が増え、整理した結果、地図記号や表示されるアイコンの置き換わりが起きたり、地図の色がビビッドになるなどの変化があります。
今和泉:
特に大きな変化が起きたのが1990年代半ばに地図の作成がデジタル化して、DTP*が導入されて以降です。コンビニやファストフードから、全国に3店しかない百貨店まで、店舗ロゴを地図上に表記し始めたんです。
※DTP:コンピュータを用いて印刷用のデータを作成する仕組み。従来のフィルム等を利用した工程から大きく変化した。
少年B:
コンビニやファーストフード店、ガソリンスタンドなどのロゴが地図上に表記されるようになったんですね。それ以前は……。あ、こんなにシンプルだったんだ!
今和泉:
アナログ時代は版画のようにして色を出していたんですよ。小さなロゴのために版を一つ増やすのはお金も手間もかかります。さらに、3色のロゴだと版も追加で3つ必要です。1件コンビニが増えただけで版を修正してたら非効率極まりないですよね。これはデジタルになってできるようになったことなんです。
さっきも言いましたが、こういうお店のロゴが載るようになったのは、昭文社やアルプス社の都市地図が最初ですね。
少年B:
あとは、地図の色がビビッドになったとはどういうことなんです?
今和泉:
戦後から、町の区画を点線で区切る地図が一般的になったんですが、それだけだと「どこまでがこの町か」がわかりづらいですよね。そこで、1970年前後から町ごとに色で塗り分けるようになったんです。たとえば、世界地図でも、見やすいように国別に色分けがしてありますよね。あれと同じです。
少年B:
はいはい、隣接する町と違う色になるように塗り分けるというか。
今和泉:
町別に背景を色分けする際は、薄めの赤、青、黄色、緑の4色が基本です。ただ、昭文社は緑地・公園との重なりを避けるためか、緑はあまり使わない傾向がありますね。色分けは5色や6色の場合もあります。
少年B:
色を増やすのには理由があるんですか?
今和泉:
4色だと、町域の変更や分割、合併が起きた際に、隣の町と被ってしまい、広範囲の修正が大変なので、色を増やすことで変更が楽になるんじゃないかなと思います。
青の町と赤の町では何か違うのかな?と、色の意味を感じてしまう人もいるんですが、ここは関係ないんです。ただ境界を分かりやすくするために塗っているだけで。
少年B:
山や公園が緑になっているのは意味のある緑ですよね?
今和泉:
そうです。町別の色分けのほかに、緑地・公園を緑色で塗るのは定番ですが、市街地や商店街のあるところをピンク色の背景で塗っている地図もあります。そうするとどこが賑わってるかはわかりやすいんですが、「どんなところを市街地とするのか」の定義を考えると、判断が難しいですよね。
少年B:
大都市圏で、町全体が市街地だったり、複数の街を超えて市街地が広がっていたら一色になっちゃいますね。
今和泉:
そうです。情報の渋滞が起こるので、昭文社も最近やらなくなっていますね。ところが、Googleマップは逆にこれを始めたんですよ。市街地が黄色く表示されているので、見てみるとおもしろいですよ。
紙地図とウェブ地図の流れが逆行しているのは興味深いところですね。
▲2022年のGoogleマップ。たとえば隅田川から東京駅に向かうにつれて、徐々に黄色くなっているのがわかる
紙の地図を見ると、「どんな街か」がわかる
今和泉:
これは要注目なんですが、都市地図は建物を用途別に色分けしているんです。
少年B:
建物の用途別?
今和泉:
商業施設は橙色、公共施設は茶色、余暇施設は紫、宿泊施設は青緑、というふうに。これによって、街のカラーがひと目で分かるようになったんです。たとえばこれらの街を見てください。
少年B:
おおっ、街によって見事に色が違いますね!
今和泉:
そうなんです。これは90年代以降の傾向なんですが、WEB地図ではあまり見ない特徴ですね。市街地をピンクで表していたものを発展させたといってもいいかもしれません。
これを見ると「渋谷は商業施設が多いので土日に賑わう街だな」「御茶ノ水は大学が多いから、平日の日中若者が多いんだ」などと一目でわかるんです。
少年B:
まさに、「街のカラー」がわかるってわけですね。
今和泉:
道路も高速道路や国道が違う色で塗られているほか、県道では主要な道かそうでないかの2種類で色分けされている地図もあります。一般的に、国道や県道の近くにはロードサイドのお店が多いでしょう。そんなお店のアイコンも地図には多々並びます。そういったところで、都市地図を見ると、ある程度街のにぎわいを想像することができるんです。
少年B:
オフィス街なら、「平日お昼にランチが安いお店が多いだろうな」とか……?
今和泉:
そうです! 街に対する解像度が上がった感じがしませんか?
少年B:
行ったことがなくても、「こんな街なんだろうな」って想像できるのは楽しいかもしれませんね。
今和泉:
だから私は、「地図を見ると、人々の生活や風景の変化がわかる」と言っています。見て楽しむのはちょっとマニアックな趣味かもしれませんが、引っ越し先を検討する際にこういう情報を見ておくと、きっとイメージに合う街を探せると思うんですよ。
少年B:
地図って「引っ越してから買うもの」だと思ってたけど、先に地図を買ってから引っ越しを検討するのもありなんですね!
今和泉:
まさしくです。あとは、今住んでいる街の地図を見てみると、新たな発見があるかもしれませんし、「そうそう!」って思うようなことが多いかもしれませんね。
WEBの地図も検索にはとても便利で素晴らしいものですが、紙の地図も使い分けて読んでみると、自分の住んでいる街や、これから住みたい街のことが立体的に見えてくるんです。
少年B:
なるほど、街への理解が深まりそうな気がしますね。わたしも自分の住んでいる街の地図を買ってみようかな……!
都市地図は「街への理解を深めるもの」
これまでわたしは「地図なんてインターネットでタダで見られるのに、なんでお金を出して買わなきゃいけないんだろう」と思っていました。
でも、今和泉さんのお話をうかがうなかで、初めて「WEB地図と紙の地図は用途の違うもの」だということを知りました。検索性のよさではかなわない。でも、紙の地図を見ることでしかわからないこともあるのです。
地図を通して、街が立体的に見えていく。今まで知らなかった、街の新たな魅力に気付くことができるはずです。あなたもぜひ、紙の地図を手に取ってみませんか? 今まで見えなかったものが浮かび上がってくるかもしれません。
今和泉さんの地図話はまだまだ続きます。
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