トップ > カルチャー >  関東 > 東京都 >

目白・学習院下の工場群はこうして生まれた

この地に工場が集まる以前、この地域は、豊かな水に恵まれた水田地帯だったようです。

武蔵野台地の末端に位置する、豊島台地(北の目白側)と淀橋台地(南の新宿側)という二つの台地。その間には神田川(神田上水)が流れていました。

神田川は、東京三鷹・井の頭池を水源とし、隅田川との合流点まで都内を貫流する一級河川です。この川が、二つの台地に挟まれた谷沿いに、狭いながらも平地を形成していました。その土地が、江戸時代には水田となっていたようです。

1909(明治42)年測図  1/20000 東京首部  「今昔マップ on the web」より

明治時代の地図でみると、見事!な田園風景が、学習院と神田上水の間に広がっていた様子が、見て取れます。

やがて、大正時代になると、この清廉で豊富な神田川の水に目を付けた企業が、工場に好適な土地として、次々と進出してくるようになります。そしていつしか、ここには工場が集まっていったようです。

さらに、第二次大戦後には、いくつかの製薬会社の研究施設なども相次いで建設されました。それらが冒頭の地図でお見せした「工場群」ということになります。

1969年発行 区分地図 豊島区/昭文社 より

フォークソングのヒット曲『神田川』に歌われた情景もほぼ地図と同じ時代のようで、作詞者はこのあたりの風景を目にしていたのかもしれません。

このエリアの中でひときわ目立つ「船舶技術研究所」にも簡単に触れておきましょう。これは、当時の運輸省(現・国土交通省)所管。船の性能向上のための研究機関でした。施設内には、実験のための巨大な水槽があったそうです。現在は移転し、「国立研究開発法人・海上技術安全研究所」(東京都三鷹市)という名称になっています。

清流・神田川流域にあった地場産業

ところで、冒頭で書いたように、かつて、神田川は水量に恵まれた清流でした。
それを利用した「ある産業」が、隆盛を誇っていたことも、ここで記しておきましょう。

それは「染色業」です。

大正時代に、清流を求めて染色業者が工場を移転してくるようになりました。それが契機となり、神田川の染色業は発展していきます。最盛期には、数百軒もの染色関連業者が、この神田川流域に集まっていたそうです。それは京都、金沢と並ぶ、染色の一大産地だったといいます。

1960年代の神田川では、職人たちが、染色した生地を水洗いする光景が普通に見られた、というから驚きですね。
時代が変わり、今ではこんな光景は見ることが難しくなりました。しかしながら、染色業は、小規模ながらも代々受け継がれ、この地で今も息づいています。

工場群は、その後はどう変わった?

工場群は、その後はどう変わった?
2022年発行 街の達人 東京都/昭文社 より 

さて、話を冒頭の工場群に戻しましょう。

これが現在の豊島区高田三丁目です。
新目白通り(地図中央部を東西に走る黄色の幹線道路)が開通して、周辺の街路は大きく様変わりしています。かつてあった工場のほとんどは、別の場所に移転しているようです。そして工場跡地は、マンションやオフィスビル、福祉施設などへと変わっています。

冒頭の地図とよく見比べてみると、「武田」薬品の跡地には、「武田」ガーデン(マンション)が建ち、「大正」製薬の工場跡地には、「大正」セントラルテニスクラブが営業していることが分かります。現在の施設名が、かつての名称を一部残しているところが、興味深いですね。

また、当時からあった大正製薬の本社や社屋は、現在もこの地に置かれていて、かつての「製薬工場団地」の名残をとどめています。

さて、今回は、昭和40年代発行の地図から、かつて目白駅近くにあった、知られざる工場群の歴史を紐解いてみました。

実は、筆者はこの界隈に長年暮らしています。ですが、今回の話は全くの初耳でした。住み慣れた土地の隠れた過去、それを古地図が教えてくれた、という訳です。
みなさんも「ちょっと昔」地図から、地元の知られざる歴史を探りに、小さな時間旅行に出かけてみては如何でしょうか。

【参考とした資料】一般社団法人新宿観光振興協会ホームページ、新宿区ホームページ、豊島区景観計画(豊島区発行)、日本財団図書館

1969(昭和44)年はどんな時代?

<出来事>
・アポロ11号・人類初の月着陸
・東名高速道路全通
・東大安田講堂占拠事件
・キャッシュディスペンサー(今のATM)日本第1号が大阪梅田・東京新宿に登場
・首都高速5号線一の橋~北池袋間開通
<流行語>
・あっと驚くタメゴロー
・オー、モーレツ!
<テレビ・音楽>
・テレビアニメ「サザエさん」放送開始
・ヒット曲:夜明けのスキャット(由紀さおり)/港町ブルース(森進一)/ブルーライト・ヨコハマ(いしだあゆみ)

【好評発売中】MAPPLEアーカイブズ 昭和・平成 都市地図 豊島区 Kindle版

【好評発売中】MAPPLEアーカイブズ 昭和・平成 都市地図 豊島区 Kindle版
Amazon

昭文社が刊行してきた都市地図には、道路や鉄道、河川など街の骨格となる情報はもちろん、町丁名や地番、学校・役場などの公共的施設から、住宅団地やアパート、スーパー・デパート、工場や倉庫などの民間施設まで豊富に掲載してきました。収録内容も時代とともに変化するなど、地図はその時々の景観や暮らしが垣間見える「街の記憶」でもあります。

この商品は昭和40年代以降に出版した大判の都市地図から、時代の変化がわかる4世代の地図を選出・複製し、どこでも手軽に利用できる電子書籍として編集・構成したものです。

銭湯や映画館、銀行や郵便ポストなど生活密着の情報から、住宅団地の整備、工場跡地の再開発まで、様々な街の様子や移り変わりを地図から読み解きつつ、昭和から平成に至る社会の変化と合わせて時間を辿ってみてはいかがでしょうか。

<商品の概要>
◆収録されている都市地図の刊行年 「1968年」「1985年」「2001年」「2014年」

1 2

記事をシェア

※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。

現住所は地図雑学系ライター、本籍は地図実踏調査員。昭文社地図の現地調査歴15年以上の、自称「地理のプロフェッショナル」チームです。これまで調査・取材で訪問した市区町村は、およそ500以上。昭文社刊『ツーリングマップル』『全国鉄道地図帳』等の編集に参加しています。休日は、国内外の廃線、廃鉱など「廃」なものを訪ねる「廃活」、離島をめぐる「島活」中。好きな廃鉱は旧羽幌炭鉱、好きな島はサンブラス諸島(カリブ海)と大久野島。特技は「店で売ってる野菜の産地名⇒県名を当てること」。

エリア

トップ > カルチャー >  関東 > 東京都 >

この記事に関連するタグ