絹産業遺産群のひとつ荒船風穴は絹産業を支えた
荒船風穴(あらふねふうけつ)は蚕の卵「蚕種(さんしゅ)」を保管するためにつくられた天然の冷蔵施設です。場所は群馬県南西部、長野県に接する下仁田町の荒船山のふもとにあります。ここは標高約830mと決して高い場所ではありません。ですがところどころに夏でも冷たい風が吹き出す区画が存在します。吹き出す風は真夏でも2~3℃ほどと低くなっています。
こうした低温の場所の岩を掘って石垣をつくり、石垣の隙間から吹き出す冷気を貯める小屋が、明治末期からつくられ始めました。よく冷えた小屋の中であれば夏でも蚕種を保管でき、必要なタイミングで取り出して孵化させれば、春にしかできなかった養蚕が年に複数回可能となります。おかげで生糸生産量は大幅に増加しました。
荒船風穴は国内最大級の貯蔵能力を誇り、電話や鉄道など当時の最先端技術を用いて効率的に稼働していました。夏や秋にも蚕種を供給するためには、なくてはならない施設でした。
荒船風穴
夏でも気温が低い天然の冷蔵庫。蚕種(蚕の卵)の保存が可能で、孵化時期の調節により養蚕が年に何度もできるようになりました。
絹産業遺産群に関する2人のキーパーソン
このように生糸の大量生産は、新しい蚕の育成方法の確立と密接に関係しています。なかでもキーパーソンとされるのが、田島弥平(たじまやへい)と高山長五郎(たかやまちょうごろう)であり、彼らに関する史跡も世界遺産に認定されています。
絹産業遺産群:田島弥平旧宅
田島弥平旧宅(たじまやへいきゅうたく)は、住宅と養蚕のための部屋を併せ持った建物で、文久3(1863)年に建てられました。蚕を飼う部屋は2階部分で、越屋根(こしやね)と呼ばれる換気用の小さな屋根が付いています。換気性能をアップさせ、自然の気候と温度による蚕の育成法「清涼育(せいりょういく)」で、繭の生産が安定するようになりました。越屋根(櫓(やぐら))が付いた特徴的な家は、近代養蚕農家の原型となり広がりました。
近代の養蚕に偉大な功績を残した田島弥平は文政5(1822)年に生まれ、逝去は明治31(1898)年。『養蚕新論』という養蚕実践本も出版しました。明治人らしい上昇志向と啓蒙思想を持つ偉人でした。
田島弥平旧宅
田島弥平旧宅の2階部分は蚕を飼う部屋。換気のための小さな屋根を備えているのが特徴で、近代養蚕農家の原型となりました。
絹産業遺産群:高山社跡
高山社跡(たかやましゃあと)は養蚕法「清温育(せいおんいく)」の研究と指導を行った「養蚕改良高山社」の建物です。同社を立ち上げた高山長五郎の生家でもあります。
彼は田島弥平の「清涼育」と、室内を温めて蚕の成長を早める東北地方由来の「温暖育(おんだんいく)」を融合して清温育を確立しました。清温育は気温や湿度に合わせて暖める、あるいは換気するなど、適切な温湿度管理を鍵とする方法で、生育の失敗が少なく、さまざまな気候の土地での養蚕を可能にします。
高山長五郎は文政13(1830)年生まれで、逝去は明治19(1886)年です。高山社には全国から生徒が訪れ、優秀な卒業生が全国に散って指導を行いました。このため高山社の清温育は養蚕のスタンダードになりました。
高山社跡があるのは群馬県南部の藤岡市。田島弥平旧宅の場所は群馬県南東部、現在の伊勢崎市です。明治の群馬は同時多発的に養蚕技術が開発された進取の精神に富んだ場所でした。
高山社跡
革新的養蚕技術「清温育」を確立した高山長五郎の養蚕教育機関。全国から生徒が集まり「清温育」を学んで地元に持ち帰りました。
高山社跡
- 住所
- 群馬県藤岡市高山237
- 交通
- JR八高線群馬藤岡駅から藤岡市コミュニティバスめぐるん高山行きで35分、高山社跡下車すぐ
- 料金
- 観覧料=大人500円、高校生以下無料/(藤岡市民は無料)
『群馬のトリセツ』好評発売中!
群馬県の地形や地質、歴史、文化、産業など多彩な特徴と魅力を、地図を読み解きながら紹介するマップエンターテインメント。群馬県の知っているようで知られていない意外な素顔に迫ります。思わず地図を片手に、行って確かめてみたくなる情報を満載!
Part.1 地図で読み解く群馬の大地
・日本でたった8県しかない「海なし県」 大昔は群馬にも海があった!?
・徳川家康も重要視した日本一の川 暮らしを支える利根川とダム
・地質学的に貴重な資源と、独自の営みが残る 下仁田ジオパークってどんなところ? ほか
Part.2 群馬を駆ける充実の交通網
・こんなところにも鉄道が走っていた! 遺構が残っている群馬の廃線
・昭和に活躍した歴史ある蒸気機関車! 貴重なSLに今も乗れる理由は?
・群馬から東京ディズニーリゾートまで行ける! 日本一のサイクリングロード ほか
Part.3 群馬にまつわる歴史の話
・現・みどり市で見つかった歴史的大発見! 岩宿遺跡はどうして有名なの?
・溶岩の絶景の裏には、歴史的犠牲があった 天明の大飢饉は浅間山が一因!?
・世界遺産は富岡製糸場だけじゃない! 絹産業遺産群とはどんなところ? ほか
Part.4 群馬で育まれた文化や産業
・焼きまんじゅうやうどんは火山が育んだ!? 群馬で生まれた粉ものグルメ
・群馬県民に愛されるマスコットキャラクター ぐんまちゃんは実は2代目!
・「西に西陣、東に桐生」といわれる機どころ 桐生の織物の文化と歴史 ほか
コラム
・データで分かる全35市町村 人口の増減、観光、農業・工業
・吉田初三郎が描いた群馬の鳥瞰図
・上毛かるたにも登場する 群馬が誇る、ゆかりのある偉人
・まだまだある、群馬が誇る日本一! 群馬で見つけた日本で一番〇〇なもの
『群馬のトリセツ』を購入するならこちら
※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。
![](https://www.mapple.net/articles/cms/wp-content/uploads/2021/10/771eba8ee92a1753d2fa505ed827c18f-200x200.jpg)
まっぷるトラベルガイド編集部は、旅やおでかけが大好きな人間が集まっています。
皆様に旅やおでかけの楽しさ、その土地ならではの魅力をお伝えすることを目標に、スタッフ自らの体験や、旅のプロ・専門家への取材をもとにしたおすすめスポットや旅行プラン、旅行の予備知識など信頼できる情報を発信してまいります!