更新日: 2024年1月18日
東北本線旧線の黒磯~白河間には明治時代の面影が残されている!?
当初のルートには急勾配や急曲線が続き、大正時代に路線変更された東北本線の黒磯~白河間。
道路となった線路跡は今も開業当時の面影を残します。
目次
東北本線旧線の開通と新線へ切り替えられた経緯
1891(明治24)年9月、東北本線は、私鉄の日本鉄道によって上野~青森間が全通しました。しかし、当時の建設技術は未熟で、トンネルや橋梁を避けたために急勾配や急曲線が多く、のちに輸送上のボトルネックとなりました。そこで、線形を緩やかにする改良工事が各地で進められ、大規模なルート変更も行われました。
黒磯~白河間もそのひとつで、早くも1920(大正9)年には新線へと切り替えられました。新線は切通しや大きな築堤、橋梁で緩やかに抜けていますが、旧線は最急25パーミル(1㎞で25mの高低差)の勾配が続く難路で、集落や水田地帯に線路が延びていました。ルートも大きく異なり、黒田原、豊原、白河駅は現在とは別の場所にありました。
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