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舟塚山古墳は茨城県内最大の古墳で地方王権の誕生を示す 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日: 2024年1月14日

舟塚山古墳は茨城県内最大の古墳で地方王権の誕生を示す

茨城県内で最大の規模を誇る古墳が舟塚山古墳。なぜこの場所に古墳群が築かれたのか、被葬者は誰なのか。そこに地方王権の誕生が見えてきます。

舟塚山古墳の位置とその大きさ

霞ヶ浦に注ぐ恋瀬川(こいせがわ)河口の台地上には、霞ヶ浦を見下ろすようにして、舟塚山(ふなつかやま)古墳(石岡市北根本(きたねもと))があります。舟塚山古墳の全長は186m(周溝部を含めると220m)で、前方部の幅100m、高さ10m、後円部の径90m、高さ11m。茨城県内最大の前方後円墳であり、東日本では天神山(てんじんやま)古墳(群馬県太田市)に次ぐ大きさを誇ります。

恋瀬川河口の台地上に古墳が集まっているのがわかります。周囲の集落を見渡すことができ、水上交通を使った交易にも便利な立地でした。巨大な古墳は、埋葬者の権力の象徴であり、支配地の住人たちを畏れさせました。
『石岡を掘る4 古墳特集』(石岡市教育委員会、2018年)を元に作成。

舟塚山古墳の周辺

この舟塚山古墳を中心として、合計41基(前方後円墳5基、円墳20基、方墳2基、不明14基)の古墳によって舟塚山古墳群が形成されています。舟塚山古墳群周辺が、この地方の古代文化の中心地であったのでしょう。このうち舟塚山古墳から北東300mにある全長96mの府中愛宕山(ふちゅうあたごやま)古墳は、舟塚山古墳と同様の前方後円墳であり、霞ヶ浦からの位置関係から「入船(いりふね)(舟塚山古墳)」「出船(でふね)(府中愛宕山古墳)」と並び称されています。

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