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後北条氏による小田原城の整備・改修
1495(明応4)年、伊豆国を支配していた伊勢盛時(のちの北条早雲)が大森氏から小田原城を奪取しました。
なお、伊勢氏は、盛時の子・氏綱(うじつな)の代から「北条」を名乗るようになります。鎌倉時代の執権北条氏と区別するために、ここでは伊勢盛時を祖とする戦国北条氏を便宜上「後北条(ごほうじょう)」とします。
小田原城は後北条氏によってたびたび整備・改修され、盛時の死後に韮山城(にらやまじょう)(静岡県伊豆の国市韮山)から小田原城に本拠を移しました。
後北条氏の画期的な政策による領国支配
後北条氏の領内では検地が行われ、収穫量を通貨に換算し(貫高制(かんだかせい))、それに基づいて家臣の負担(有事の動員兵)や領民の税を算出しました。年貢の割合に関しては、この時代は六公四民(ろっこうしみん)(収穫高の6割が年貢)、もしくは五公五民が通例であったところ、領民にやさしい四公六民と定めました。
さらに、年貢以外の負担(反銭、棟別銭、諸点役、諸公事など)を整理する税制改革を行うなど合理化を推し進め、小田原から関東へと急速に広がっていく領地をまとめあげたのです。
後北条氏の支城ネットワークによる防衛ラインの構築と領土拡大
また、後北条氏の施策としては、領内に多くの支城を築城した点も特徴的です。
河越城(かわごえじょう)(埼玉県川越市)、岩槻城(いわつきじょう)(埼玉県さいたま市岩槻区)、八王子城(東京都八王子市)といった戦略上の重要な拠点には一族の者を城主として配し、その周辺に複数の支城を網の目のように張り巡らせ、いわば支城ネットワークを形成し、城同士を連係させる防衛ラインを構築したのです。
かくして後北条氏は、甲斐の武田信玄や越後の上杉謙信らと争いながらも関東に確たる足場を築き、5代・氏直(うじなお)の代には関東一円を支配下に置き、240万石の大大名となっていました。
戦国を今に伝える小机城や茅ヶ崎城
後北条氏が関東に進出する過程で、整備・改修した城のなかに小机城(横浜市港北区)があります。また、小机城の支城として置かれたのが茅ヶ崎城(横浜市都筑区)です。これらの城は、豊臣秀吉による小田原征伐( 1590年)の際、主力は小田原城に詰めていたので、無血開城することになりました。
やがて、後北条氏が滅亡すると徳川家康によって廃城とされますが、戦乱に巻き込まれることがなかったおかげで、いずれの城にも土塁や堀、櫓などの遺構がよく残されています。これらは、戦国時代の城郭施設がどのような構造だったか確認できる貴重な遺跡です。
後北条氏により作られた総構で難攻不落!小田原城
豊臣秀吉と敵対するようになると、後北条氏は長大な外郭を築いて小田原城下を取り囲みました。これを総構(そうがまえ)といいます。
山側は斜面に沿って空堀を掘り、その残土で土塁を築き、その外郭の総延長は9㎞にも及びました。この総構により、小田原城は並の軍勢では包囲できないほど広大な規模となり、仮に包囲されたとしても、総構の内部に城下町がそっくり囲われているから自給自足ができ、長期の籠城にも対応できるようになったのです。
まさしく、小田原城は難攻不落の城でした。
小田原城の総構略図
小田原城下の領民らを守るべく、後北条氏が築いた堀や土塁による総構。その全長は約9㎞に及びます(図中、オレンジ色の線)。山側の斜面に堀をつくり、掘り出した残土などを使って土塁を築きました(図中、水色の線は現存する土塁・土塁跡)。堀や土塁が、城下をぐるりと取り囲んでいるのがわかります。
小田原城址公園
- 住所
- 神奈川県小田原市城内地内
- 交通
- 小田原駅から徒歩10分
- 料金
- 入園料=無料/入場料(天守閣)=大人510円、小・中学生200円/入場料(常盤木門SAMURAI館)=大人200円、小・中学生60円/入場料(歴史見聞館【NINJA館】)=大人310円、小・中学生100円/レンタル(甲冑、忍者、お姫様の装束)=大人300円、小人200円/豆汽車、バッテリーカー(子ども遊園地)=80円/自動遊器具(子ども遊園地)=30円/
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