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猿投窯は日本三大古窯のひとつ
猿投窯は名古屋市、豊田市、瀬戸市、大府市、刈谷市など広範囲にまたがっており、猿投山西南部の約20㎞四方に1000基もの古窯が集中しています。陶邑窯(すえむらよう)跡群(大阪府堺市周辺)や渥美窯跡群(田原市周辺)と並び「日本三大古窯」のひとつと称されますが、ではなぜ、古代の猿投山の麓にこのような窯業地が形成されるに至ったのでしょうか。
愛知県域の古窯跡群
古代~中世における愛知県域に栄えたおもな古窯跡群の分布図。
5世紀、猿投山西南麓古窯跡群(猿投窯)を筆頭に、尾北窯群、豊橋南部窯群などで須恵器づくりが始まりました。奈良時代末期、猿投窯で灰釉陶器の焼成に成功し大発展。中世には猿投窯から分かれた瀬戸窯が大発展し、渥美窯・常滑窯とともに一大産地となりました。
猿投窯で焼成されていた須恵器とは
そもそも須恵器が朝鮮半島から伝わり、日本国内でも製造されるようになったのは5世紀中頃(古墳時代)のこと。それ以前に日本各地でつくられていた土器は、手びねり(ろくろを使わない)と野焼きで焼成される土師器(はじき)(軟質土器)が一般的でした。野焼きは500~800℃で焼成するので土師器は強度が低く、赤みを帯びた色になる特徴があります。
これに対して須恵器は、ろくろを用いて成形し、丘陵の斜面に築いた「登(のぼ)り窯(がま)」(斜面をトンネル状にくり抜いた窖窯(あながま))で焼成します。「登り窯」で1100℃以上の高温で焼成するので、須恵器は灰色や黒褐色などの暗色になり、強度が確保されます。土師器より水漏れがしないため重宝され、陸路や海路で各地に伝わっていきました。
猿投丘陵は斜面が緩やかで、森林からは薪などの燃料が確保しやすく、さらに陶磁器に向く良質な粘土包含層が多数見つかっているように、まさに「登り窯」を築くのに最高のロケーションだったわけです。
猿投窯の灰釉陶器は都の貴族たちのステータスアイテムに
古墳時代にはすでに猿投窯は活発な活動を開始していましたが、奈良時代に入ると需要が急増しました。それまで河内(かわち)(大阪府東部)や和泉(いずみ)(大阪府西部)でも須恵器を大量に生産し、都からの近さもあって栄えていましたが、資源が枯渇したことにより陶窯が消滅してしまいました。その代替地として猿投窯に白羽の矢が立ったわけです。
また、奈良時代末期になると、猿投窯では灰釉陶器(かいゆうとうき)の焼成に成功しました。灰釉陶器とは、植物を焼いてできた灰を釉薬(うわぐすり)に用いたもので、唐から輸入されていた青磁や白磁を真似たものです。当時の最先端の技術の粋を結集し、つるつるとした器面を実現し、輸入品の国産化に成功。高級品として貴族や寺院から好まれ、一大ブランド化しました。
猿投窯の衰退
鎌倉時代に入ると、猿投窯から分かれた瀬戸窯の灰釉陶器が隆盛となります。瀬戸市域では「古瀬戸(こせと)」(瀬戸焼の祖)が製造されるようになり、鎌倉へ集中的に出荷されるようになりました。
そのいっぽうで、猿投窯は釉薬を用いない山茶碗や小皿などを生産するようになりますが、次第に衰退していき、14世紀には生産を中止。猿投古窯はここで役割を終えますが、近現代の瀬戸焼や常滑焼に代表される「焼き物の里・愛知」の源流は、猿投窯にあるといっていいでしょう。
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