目次
「神田下水」整備までの背景②:下水道は明治以前、雨水排除のためのものだった
とはいえ、わが国の歴史において下水道が近年まで存在しなかったわけではありません。弥生時代の集落内の水路、奈良時代の大規模な道路側溝、平安時代には高野山に水洗トイレが造られています。安土桃山時代には「太閤下水」と呼ばれる下水が存在し、その一部は現在も使われています。
ただし、これらの下水道は、雨水の排除を目的としたもので、汚水を処理して流すものではありませんでした。
「神田下水」整備までの背景③:明治以降、公衆衛生対策として下水道が必要とされた
時代が明治に入ると、産業が発達し都市に人口が集中するようになります。特に東京は、都市基盤施設が十分に管理されずに下水溝から汚水があふれて井戸に侵入するなど、衛生状態は劣悪。コレラ、赤痢といった伝染病が大流行し、肥料としてのし尿の需要減もあって、公衆衛生対策のための下水道の必要性が叫ばれるようになります。
「神田下水」の着工
東京による下水道計画が動き出した結果、人口が密集しているうえ、水はけが悪く、コレラの流行で罹患率がもっとも高かった神田地区が最初の施工場所となりました。明治17(1884)年に着工したこの下水道は、「神田下水」と呼ばれ、公衆衛生や都市環境の改善を目的として建設された、東京で最初の近代下水道とされています。
ちなみに、近代下水道整備という点では、横浜の外国人居留地において、明治2(1869)年から同4(1871)年にかけて下水管の埋設がすでに行われていますが、国内の本格的な下水道整備の端緒とされているのは「神田下水」です。
神田下水の位置
オランダ人技師のヨハネス・デ・レーケの指導の下で内務省の技師である石黒五十二が設計した神田下水。今も現役の下水道施設として機能し、神田下水に設置された下水管の総延長は11.3km。神田駅周辺に現存する一部 (614m)は東京都の文化財(指定史跡)に指定されています。
「神田下水」の完成とともに下水道法の制定と日本初の下水処理場の完成
その後、明治33(1900)年に下水道法が制定され、大正11(1922)年には、日本初の下水処理場として三河島汚水処分場(現在の三河島水再生センター)が運転を開始します。三河島汚水処分場の運転開始は、下水道とし尿の関係を変え、水洗トイレ時代の幕開けを告げました。
「神田下水」完成その後:下水道建設の本格化と公共用水域汚染の社会問題化
戦後には、下水道の建設が本格化し、昭和33(1958)年、現行下水道法が制定されました。
しかし、その一方、いわゆる「公害」問題で河川などの公共用水域の汚染が急速に進んだ結果、隅田川における伝統行事であった早慶レガッタが中止となります。さらには、水質の汚濁がもたらす赤潮の発生が社会問題化します。
下水道に求められた重要な役割
そこで、昭和45(1970)年の「公害国会」において水質汚濁防止法が成立。同時に下水道法の改正も行われ、公共用水域の水質保全が下水道の役割として位置づけられました。
一連の動きによって水質改善が進み、昭和53(1978)年に早慶レガッタ、隅田川花火が再開。つまり、下水道が社会的に重要な役割を果たすようになっていったのです。
下水道事業の近年の取り組み
近年においては、地球温暖化対策や循環型社会の構築に貢献するために、下水汚泥のエネルギー利用、下水再生水の活用といった取り組みも行われるようになっています。
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