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イランにとって重要な1月に、事を起こしたサウジアラビア
一体なぜこの時期にサウジアラビアは処刑を断行したのでしょうか。ニムル師は以前から逮捕されており、死刑判決が出ていた人物です。
理由は1月がイランにとって特別な月だったからです。話は、その1年前に戻ります。2015年の夏にイランは欧米など6カ国と核開発に関する合意を結びました。この合意が実施に移されるタイミングが、1月だったのです。
まず2016年1月までにイランは濃縮ウランの国内持ち出しなど一連の措置をとり、核兵器開発の意図のないことをあきらかにします。これを受けて国際社会はイランに対する経済制裁を解除するという内容です。実際に1月中旬には、イランに対する国連の経済制裁が解除されました。サウジアラビアはこのタイミングで、騒ぎを起こしたのです。
人権問題か、宗教対立か。サウジアラビアとイランの思惑
イラン国内の急進派は、サウジアラビアの思惑通りに行動しました。先述のようにイランにあった同国の外交施設を襲撃したのです。イランとは市民の行動を当局が厳しく規制・管理している国です。そんな環境下で市民が勝手に動いたりすることはまず考えられません。
サウジアラビアの施設を襲った群衆は、イラン国内の急進派が組織したものです。イラン国内は一枚岩ではなく、騒ぎを起こして穏健なローハニ政権(当時)が進める国際協調路線を邪魔する勢力がいるのです。
一方、サウジアラビア国内の状況は
サウジアラビアはスンナ派が多数を占める国ですが、人口の1割程度はシーア派です。そしてシーア派住民はサウジアラビア東部、つまりペルシャ湾岸に集中しています。
そこはサウジアラビアの主要な油田地帯です。サウジアラビアのシーア派住民は、一段低い扱いを受けているという不満がありました。加えてシーア派住民の地域で石油が生産されているにもかかわらず、自分たちはその恩恵を十分受けていないと思っていたのです。同じサウジアラビアの国に住む市民として、同等の扱いをしてほしいとの要求があるのはもっともなことでしょう。こうした思いを訴える運動の指導者の一人が、処刑されたニムル師だったのです。
人権問題を宗教問題に置き換えたサウジアラビア
サウジアラビアは一連のシーア派の動きを、スンナ派とシーア派の宗派問題としています。しかし本当のところは、シーア派の人々が平等の権利を求める人権の問題です。サウジアラビア政府は、ニムル師は暴力による闘争を訴えたとしました。しかしニムル師の周辺は、平和的手段による抗議しか呼びかけていないと反論しています。サウジアラビアは、シーア派住民を平等に扱ってこなかったという人権問題を、あくまで宗派問題と言い張ったのです。
サウジアラビアとイランの関係緩和が期待されている
またイラン国内の急進派も、この主張に乗っかりました。問題を宗派問題とすれば、アラブ世界に口出しできると考えたのです。
仮にサウジアラビアで人権問題となれば、ペルシャ人の国イランが、アラブ人の国サウジアラビアの内政に介入する大義がなくなります。イランもまた人権問題で欧米から低い点をつけられているのです。このような入り組んだ思惑のもと、サウジアラビアとイランは2016年から国交断絶状態に陥ったのですが、2021年に関係緩和にむけた交渉が開始され、翌年大使館の再開が合意されました。
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掲載している国・地域
イラン/イラク/トルコ/シリア/レバノン/イスラエル/パレスチナ(ヨルダン川西岸、ガザ地区)/サウジアラビア/クウェート/バーレーン/カタール/アラブ首長国連邦/オマーン/イエメン/エジプト/スーダン/リビア/チュニジア/アルジェリア/モロッコ/アフガニスタン/カザフスタン/ウズベキスタン/キルギスタン/タジキスタン/トルクメニスタン/アゼルバイジャン/ジョージア/アルメニア
【監修者】高橋和夫 (たかはし・かずお)
福岡県北九州市生まれ、大阪外国語大学外国語学部ペルシア語科卒、コロンビア大学国際関係論修士、クウェート大学客員研究員、放送大学教員などを経て2018年4月より一般社団法人先端技術安全保障研究所会長。主な著書に『アラブとイスラエル』(講談社1992年)、『イスラム国の野望』(幻冬舎、2015年)、『世界の中の日本』(放送大学教育振興会、2015年)、『中東から世界が崩れる』(NHK出版、2016年)、『現代の国際政治』(放送大学教育振興会、2018年)、『国際理解のために(改訂版)』(放送大学教育振興会、2019年)、『中東の政治』(放送大学教育振興会、2020年3月)、『最終決戦トランプVS民主主義―アメリカ大統領選挙撤退後も鍵を握るサンダース』(ワニブックス、2020年7月)など。
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