為政者に物申すキルギスの有権者たち
キルギスは、三千〜七千メートル級の山々がそそり立つ天山山脈とその支脈に位置しています。9割が山岳で、なだらかな暮らしやすい土地は約1割しかありません。キルギスのお隣は中国の辺境、新疆ウイグル自治区。なかなかの秘境です。
キルギスの歴史
キルギス人は中央アジアの遊牧民らしく、文字による記録より絨毯を彩る美しい文様を好みました。民族の足取りは正確につかめていませんが、元はシベリアを流れるエニセイ川付近にいた人々と考えられています。彼らの多くは16〜17世紀にはキルギスに来ていたようです。その間この地に影響力を持った突厥(とっけつ)、ウイグル等のトルコ系遊牧民や、イスラム王朝と交わりました。キルギスの辺境は中央の強い支配から見逃され、ゆっくり民族が形成され守られていました。
19世紀前半にはウズベク3ハン国の1つ、コーカンド・ハン国の支配を受けます。これに対抗すべく、ロシアを頼りますが結局ロシアに飲み込まれました。その後に訪れたのはお決まりのパターン。ロシア人の入植とキルギス人の弾圧、1936年のキルギス・ソビエト社会主義共和国誕生、ソ連崩壊にともなう独立です。
独立後と現在のキルギス
独立後にキルギスを率いたアカエフ初代大統領は、開かれた報道や司法の独立を推進、近代民主主義の地盤を整えました。しかし政権が長期化すると汚職が目立ち、2005年のチューリップ革命で逃亡。続くバキエフ大統領も権威主義に溺れ、激怒したキルギス国民が2010年に暴動を起こし逃亡しました。
政局はその後、キルギスの北部出身者と南部出身者による主導権争いを繰り返します。2020年には南部勢力を露骨に優遇する政権に辟易した人々の不満が爆発、暴動が起きまたもや政権が倒れました。荒ぶるキルギス国民の積極的な政治参加と、強い自浄作用は若い国の証拠です。変革が必要な老いた民主主義国家が欲しても手に入らないものです。
キルギスを知るキーワード
キルギスのキーワード:ドルドイバザール
首都ビシュケクにある中央アジア最大級の民間市場。服から家電まで何でも揃います。コンテナを重ねて店舗にしているので、休市日は港の倉庫みたい。
キルギスのキーワード:ロシア空軍基地
首都ビシュケク近くのカント空軍基地にロシア軍が駐留中。アフガン戦争(2001年〜)で米軍も国内にいましたが、こちらは2014年に追い出しました。
キルギスのキーワード:ドンガンモスク
19世紀、本国で迫害された中国系ムスリム(ドンガン人)が逃避行の末に建てました。キルギス東部カラコル市で百年以上民草を見守っています。近郊に温泉あり。
キルギスのキーワード:イシク・クル
熱い(イシク)、湖(クル)という意味の景勝地。その昔、『西遊記』に登場する三蔵法師のモデルとなった玄奘(げんじょう)も訪れました。周辺に避暑地があり、スカスカ谷の奇岩も人気です。
キルギスのキーワード:クルミの森
国境が入り組むフェルガナ渓谷にある町、ジャララバードの近郊にあります。世界最大のクルミの森と自慢する地元民は、虫害と格闘する日々。
キルギスのキーワード:クムトール金鉱
世界屈指の露天掘り金山で、キルギスの稼ぎ頭。カナダ企業と合弁で操業していましたが、1年の衝突の末、2022年にキルギスが全権利を掌握しました。
キルギスのキーワード:南部の首都オシュ
キルギス北部が「都市・工業的」な反面、南部は「地方・農業的」と文化に違いがあり格差もあります。フェルガナ渓谷に近いオシュには、ウズベク人も多く2010年にキルギス人との間で武力衝突が発生しました。
キルギスのキーワード:国民的英雄マナス
遊牧民の王。オデュッセイアより長い、世界最長の叙事詩に登場します。レーニン像はマナス像に変わり、キルギス西部のタラス市に記念公園ができました。
キルギスのキーワード:キルギス・コニャック
辺境ゆえイスラムの厳格性が薄れ、お酒を嗜む国民がいます。地元産ブランデーの名はコニャック。たぶんフランスにバレてないのでしょう。
キルギスのキーワード:バトケン州の飛び地
バトケンは、皆が独占したい肥沃なフェルガナ渓谷に隣接しています。ウズベキスタン(2つ)とタジキスタン(1つ)の飛び地があります。さらに国境警備が手薄なため、過激派や麻薬密輸組織が通ります。世界は美しい所に限って、危ないのです。
キルギスのキーワード:カン=イ=グト洞窟
中世の鉱山の跡地。コーカンド・ハン国時代に罪人を放り込んだとか、対ロシア抵抗運動バスマチのゲリラが潜んだとか伝説が多い洞窟です。
キルギスのキーワード:ユキヒョウ
雪山の厳しい環境に適応し、現代では温暖化と密猟者が最大の敵となった肉食動物。キルギスをはじめ天山、パミール一帯に生息しています。
キルギスのキーワード:フォークダンス
その名はKara Jorgo。YouTubeで視聴可。耳に残る曲と独特な動きが、どこか盆踊りや阿波踊りを思わせ、見ていると不思議な気持ちになります。
キルギスの著名人
キルギスの著名人:初代大統領(1990 〜05) アスカル・アカエフ
数学や機械が専門の理系指導者。当初は改革派と評価されましたが、やがて強権的になりました。2005年の革命でロシアに亡命後、2021年に帰国。(1944〜)
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ヒット商品『地図でスッと頭に入る』海外シリーズの第4弾。宗教・民族対立、石油資源競争・・でつねに紛争の絶えない中東は、昔から日本人にとって遠い存在の地域であり続けた。しかしながら、日本がもっとも石油資源を依存している地域でもあり、われわれ日本人はこの地域に無関心ではいられないはずである。また、中東および中央アジア、北アフリカはイスラム教が最も普及しており、イスラム教なくしてこの地域を語ることはできないほどである。
本書は、これら中東・中央アジアの国々について、他の関連図書よりもわかりやすく解説する入門書となることを目指します。
その国や地域の概略がスッとわかる、1カ国ごとに見て楽しいイラストマップを掲載
好評を得た「地図でスッと頭に入るアメリカ50州」「同 ヨーロッパ47カ国」「同 アジア25の国と地域」に次ぐ第4弾。日本人にはなかなか馴染みのないその国について知っておきたい知識がスッと頭に入ります。この本を読んでおけば、日本にいる中東出身の人たちともコミュニケーションが盛り上がること間違いなし。
また、ヨーロッパ版では1カ国につき2ページの展開でしたが、今回の中東版では主要な国と地域についてはページを増やして、より詳しく紹介しています。
掲載している国・地域
イラン/イラク/トルコ/シリア/レバノン/イスラエル/パレスチナ(ヨルダン川西岸、ガザ地区)/サウジアラビア/クウェート/バーレーン/カタール/アラブ首長国連邦/オマーン/イエメン/エジプト/スーダン/リビア/チュニジア/アルジェリア/モロッコ/アフガニスタン/カザフスタン/ウズベキスタン/キルギスタン/タジキスタン/トルクメニスタン/アゼルバイジャン/ジョージア/アルメニア
【監修者】高橋和夫 (たかはし・かずお)
福岡県北九州市生まれ、大阪外国語大学外国語学部ペルシア語科卒、コロンビア大学国際関係論修士、クウェート大学客員研究員、放送大学教員などを経て2018年4月より一般社団法人先端技術安全保障研究所会長。主な著書に『アラブとイスラエル』(講談社1992年)、『イスラム国の野望』(幻冬舎、2015年)、『世界の中の日本』(放送大学教育振興会、2015年)、『中東から世界が崩れる』(NHK出版、2016年)、『現代の国際政治』(放送大学教育振興会、2018年)、『国際理解のために(改訂版)』(放送大学教育振興会、2019年)、『中東の政治』(放送大学教育振興会、2020年3月)、『最終決戦トランプVS民主主義―アメリカ大統領選挙撤退後も鍵を握るサンダース』(ワニブックス、2020年7月)など。
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