ヨルダン・ハーシム家の綱渡り
古代から様々な王朝が、ヨルダンのあるこの地の支配を争いました。世界遺産の壮大なペトラの遺跡が示すように、かつては交易の中継地として繁栄を極めた時期もありました。イスラムが来たのは7世紀。16世紀以降はオスマン帝国の支配下にありました。
やがてオスマン帝国が衰退期に入り、ヨルダンは欧米諸国の圧迫を受けるようになりました。そして第一次大戦でとどめを刺されます。
ヨルダンの独立までの流れ
この時イギリスはオスマンの背後を突くため、イスラムの名門ハーシム家を利用しました。参戦の見返りは、この地方でのハーシム国家の建設だったのです。しかし狡猾なイギリスは、同様の約束をフランス等とも結んでいたため揉めに揉めます。
最終的にハーシム家三男のファイサルがイラクを治め、次男アブドゥッラーが1923年にイギリス保護下でヨルダン川東岸の首長となりました。国名はトランス・ヨルダン首長国。ヨルダン川の向こう側の国という意味です。1946年にトランス・ヨルダン王国として独立しました。
独立2年後にヨルダン川を挟んだ西側で、ユダヤ人国家イスラエルが誕生しました。それを許さないアラブ世界は、イスラエルに戦いを挑み第一次中東戦争が勃発します。これに乗じてヨルダンは、パレスチナのヨルダン川西岸地区を占領しましたが、その後の第三次中東戦争で、西岸地区をイスラエルに奪われています。
近年のヨルダン
資源がない砂漠、人口の過半数を占める元パレスチナ難民、不安定な周辺国という環境でヨルダンは弱さを武器としました。この国が倒れると困るという発想から、欧米、日本、イスラエルが、経済的に軍事的に陰に日向にヨルダン王制を支えたのです。
湾岸戦争ではイラクを支持するなど、ヨルダンは危ない綱渡りを演じました。イスラエルとは水面下で交渉しても周辺諸国や国内のパレスチナ人への配慮から公式な関係を持ちませんでした。しかし1993年にPLO(パレスチナ解放機構)がイスラエルを承認したのを受け、翌年に外交関係を樹立しました。
周辺は依然として不安定で、ヨルダン王室内部の紛争も囁かれています。ハーシム家の生き残りを賭けた危ない綱渡りが続いています。
ヨルダンを知るキーワード
ヨルダンのキーワード:ハーシム王家
預言者ムハンマドの血族という高貴な家。メッカの太守を務めていましたが、一族の命運を英国と手を結ぶことに賭け、次男がヨルダン王になりました。
ヨルダンのキーワード:イスラエル・ヨルダン平和条約(1994)
アラブ国家とイスラエルの平和条約締結は、エジプトに次ぎヨルダンが2番目。ヨルダン国民の約半数は、イスラエルに土地や家を奪われ追い出されたパレスチナ人と状況が複雑で、条約締結後の舵取りも慎重を要しました。
ヨルダンのキーワード:アラブ人が見たアラビアのロレンス
アラブ人を先導しオスマンの弱点ヒジャーズ鉄道を爆破した男は、アラブからすればイケメンの英雄ではなく、ただの英国の一工作員です。
ヨルダンのキーワード:カソテック訓練所
米国の協力で作った軍事訓練所。各国の特殊部隊が年1度集まり技術を競います。ヨルダンの懐は厳しいですが、軍事費は対GDP比で世界レベル。
ヨルダンのキーワード:遺都ペトラ
紀元前2世紀頃に栄えたナバテア人が、砂岩を掘って造ったピンクの街。インディーが聖杯を求めてきた宝物殿エル・ハズネは街の一部。
ヨルダンのキーワード:世界遺産、アル=マグタス
キリストが洗礼を受けたという死海北側にある聖地。他にモーゼが約束の地を見たネボ山など、ヨルダンには聖書関連の名所がたくさんあります。
ヨルダンのキーワード:ヨルダン渓谷
ヨルダン北西部の川沿いの渓谷だけは、肥沃で農業が可能。第一次中東戦争で川の西側もヨルダン領となりましたが、第三次の時に負けて放棄しました。
ヨルダンのキーワード:リン鉱石
ヨルダンには石油はありませんが化学肥料の素、リンの鉱山がヨルダン南部エシディアにあります。かつてのヒジャーズ鉄道を利用した貨物路線で、アカバに運ばれます。
ヨルダンのキーワード:アカバ湾ダイビング
アカバはこの国唯一の港で、湾岸戦争前はイラクとの貿易の中心地でした。最近は、海底の兵器博物館を訪ねるダイビングが人気です。
ヨルダンのキーワード:死海泥パック
ヨルダンの死海周辺は、高級リゾート地。潤いをキープできる真っ黒な死海泥パックの虜になったセレブが、帰国後に通販で泥パックを買うらしい。
ヨルダンのキーワード:みんな大好きマンサフ
ラム肉の乾燥ヨーグルト煮やナッツや煮汁をライスに乗せた料理。最上級のおもてなしでは、羊の頭も乗せます。匂いがきつめゆえにうまい。
ヨルダンのキーワード:ベドウィン式BBQ
二段式グリルに肉や野菜を乗せ、砂を掘って作った地中オーブンに入れて焼きます。竃の材料すらない砂漠に暮らす遊牧民ならではの知恵です。
『地図でスッと頭に入る中東&イスラム30の国と地域』好評発売中!
ヒット商品『地図でスッと頭に入る』海外シリーズの第4弾。宗教・民族対立、石油資源競争・・でつねに紛争の絶えない中東は、昔から日本人にとって遠い存在の地域であり続けた。しかしながら、日本がもっとも石油資源を依存している地域でもあり、われわれ日本人はこの地域に無関心ではいられないはずである。また、中東および中央アジア、北アフリカはイスラム教が最も普及しており、イスラム教なくしてこの地域を語ることはできないほどである。
本書は、これら中東・中央アジアの国々について、他の関連図書よりもわかりやすく解説する入門書となることを目指します。
その国や地域の概略がスッとわかる、1カ国ごとに見て楽しいイラストマップを掲載
好評を得た「地図でスッと頭に入るアメリカ50州」「同 ヨーロッパ47カ国」「同 アジア25の国と地域」に次ぐ第4弾。日本人にはなかなか馴染みのないその国について知っておきたい知識がスッと頭に入ります。この本を読んでおけば、日本にいる中東出身の人たちともコミュニケーションが盛り上がること間違いなし。
また、ヨーロッパ版では1カ国につき2ページの展開でしたが、今回の中東版では主要な国と地域についてはページを増やして、より詳しく紹介しています。
掲載している国・地域
イラン/イラク/トルコ/シリア/レバノン/イスラエル/パレスチナ(ヨルダン川西岸、ガザ地区)/サウジアラビア/クウェート/バーレーン/カタール/アラブ首長国連邦/オマーン/イエメン/エジプト/スーダン/リビア/チュニジア/アルジェリア/モロッコ/アフガニスタン/カザフスタン/ウズベキスタン/キルギスタン/タジキスタン/トルクメニスタン/アゼルバイジャン/ジョージア/アルメニア
【監修者】高橋和夫 (たかはし・かずお)
福岡県北九州市生まれ、大阪外国語大学外国語学部ペルシア語科卒、コロンビア大学国際関係論修士、クウェート大学客員研究員、放送大学教員などを経て2018年4月より一般社団法人先端技術安全保障研究所会長。主な著書に『アラブとイスラエル』(講談社1992年)、『イスラム国の野望』(幻冬舎、2015年)、『世界の中の日本』(放送大学教育振興会、2015年)、『中東から世界が崩れる』(NHK出版、2016年)、『現代の国際政治』(放送大学教育振興会、2018年)、『国際理解のために(改訂版)』(放送大学教育振興会、2019年)、『中東の政治』(放送大学教育振興会、2020年3月)、『最終決戦トランプVS民主主義―アメリカ大統領選挙撤退後も鍵を握るサンダース』(ワニブックス、2020年7月)など。
『地図でスッと頭に入る中東&イスラム30の国と地域』を購入するならこちら
※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。
まっぷるトラベルガイド編集部は、旅やおでかけが大好きな人間が集まっています。
皆様に旅やおでかけの楽しさ、その土地ならではの魅力をお伝えすることを目標に、スタッフ自らの体験や、旅のプロ・専門家への取材をもとにしたおすすめスポットや旅行プラン、旅行の予備知識など信頼できる情報を発信してまいります!