消えた古き良きレバノン
18の宗派があるレバノンでは、宗教と政治が密接に関係しています。キリスト教徒とムスリムが、それぞれ国会議席の半数ずつを占めるルールがあり、この手のバランスは他の公職でも加味されています。大統領はキリスト教マロン派、首相はスンナ派、国民議会議長はシーア派という具合です。
レバノンの歴史
マロン派がこの国に来たのは7世紀からで、シリア北部を追われた彼らはレバノン山脈北部に定住しました。同時代にイスラム教が南部で広がり、彼らは11世紀に神秘主義的なドゥルーズ派に改宗しました。
その後十字軍、イスラム王朝時代、オスマン支配を経て、19世紀に西洋が進出します。オスマン支配末期にはマロン派とドゥルーズ派の勢力争いが激化し、マロン派虐殺事件が発生しました。これがキリスト教保護を名目とするフランスの介入を招き、第一次世界大戦後のレバノンは、シリアの一地域としてフランスに統治されます。程なくキリスト教徒が多いレバノンはシリアから分離、やがて1943年に独立したのです。
独立してからのレバノン
しかし、レバノンの本当の戦いはこれからが本番でした。ヨルダンを追われたパレスチナ難民が流入すると、キリスト教徒とムスリムの均衡が崩れ、1975年に内戦へと発展します。これにシリアとイスラエルなどが介入。南部はイスラエルに占領され、レバノンのシーア派は、過激派組織ヒズボラを結成しイスラエルと戦いました。泥沼の内戦は、キリスト教の政治力を減らすターイフ合意後の1990年まで15年間も続きました。
内戦でレバノンの国は変わりました。インフラは破壊され、復興で格差が生じ、同じ街に住んでいた人々は、宗教や民族ごとに個別のコミュニティを作るようになりました。かつて信仰が違っていても、仲良く同じ街で暮らしたことを忘れてしまったかのように。
レバノンを知るキーワード
レバノンのキーワード:キリスト教マロン派
キリスト教の傍流でレバノン山岳地帯に守られ生き残り、現在は政治の中枢にいます。この国は18の宗派が公的に認められ、存在しています。
レバノンのキーワード:レバノン杉
レバノンの国の象徴。フェニキア人はこれで軍船を造り、キリスト教徒は神が植えたと考えます。世界遺産カディーシャ渓谷の神の森の大木が、有名です。
レバノンのキーワード:レバノン内戦
1975年から1990年まで長い内戦を経験したレバノン。停戦後もキリスト教徒とムスリムの対立が残り、政治経済が不安定で、指導者暗殺が起きています。
レバノンのキーワード:バールベック遺跡
レバノンの世界遺産。元はフェニキア人がバアル神を祀った地で、後にローマ人が神殿を数多く建てました。当時の形がよく残っていることに驚きます。
レバノンのキーワード:ベイルート・ アメリカン大学
オスマン帝国の衰退期に、アメリカが来て創設した大学。首都ベイルートは、中東のパリといわれるほどヒトとモノが集まって繁栄しました。
レバノンのキーワード:医療用マリファナ
ベッカー谷などで栽培され、レバノンは世界屈指の生産国でした。コロナ後の経済回復を狙い、米国コンサル企業の入れ知恵で2020年に合法化しました。
レバノンのキーワード:レバノン山脈
レバノンにはレバノン山脈とアンチレバノン山脈が走り、他に山脈間の渓谷と海岸平野があって砂漠がありません。中東では珍しい、森と水に恵まれる地勢です。
レバノンのキーワード:停電
レバノンの経済とインフラが、復旧しきれていないところにコロナ禍が直撃しました。発電所がたびたび停止し、発電機やロウソクが必需品となっています。
レバノンのキーワード:港町サイダ
紀元前二千年から栄えていたレバノン。ローマ時代の遺構、ヨーロッパの街並みが観光の目玉で、近年は戦車を沈めてサンゴ復活に取り組んでいます。
レバノンのキーワード:シマハイエナ
名前の通りシマ模様があるシリアを代表する動物で、レバノン北東部などに生息する準絶滅危惧種。雑食で屍肉など何でも食べる食いしん坊です。
レバノンのキーワード:みんな大好きキッベ
蒸してひきわりにした小麦「ブルグル」に牛やマトンの挽肉、玉ねぎをつめて揚げた国民食。亡命したレバノン人たちが世界に紹介しました。
レバノンのキーワード:フェニキアン・パープル
巻貝から精製する紫色の染料のこと。高貴な色として紀元前から貴族にもてはやされ、レバノン南西部のティルス港から各国へと輸出されました。
レバノンの著名人
レバノンの著名人:逃亡者 カルロス・ゴーン
ブラジル生まれレバノン育ち。フランスで教育を受けた後、有名企業を渡り歩き、2019年に訳あって日本からレバノンへお忍び帰国しています。(1954〜)
『地図でスッと頭に入る中東&イスラム30の国と地域』好評発売中!
ヒット商品『地図でスッと頭に入る』海外シリーズの第4弾。宗教・民族対立、石油資源競争・・でつねに紛争の絶えない中東は、昔から日本人にとって遠い存在の地域であり続けた。しかしながら、日本がもっとも石油資源を依存している地域でもあり、われわれ日本人はこの地域に無関心ではいられないはずである。また、中東および中央アジア、北アフリカはイスラム教が最も普及しており、イスラム教なくしてこの地域を語ることはできないほどである。
本書は、これら中東・中央アジアの国々について、他の関連図書よりもわかりやすく解説する入門書となることを目指します。
その国や地域の概略がスッとわかる、1カ国ごとに見て楽しいイラストマップを掲載
好評を得た「地図でスッと頭に入るアメリカ50州」「同 ヨーロッパ47カ国」「同 アジア25の国と地域」に次ぐ第4弾。日本人にはなかなか馴染みのないその国について知っておきたい知識がスッと頭に入ります。この本を読んでおけば、日本にいる中東出身の人たちともコミュニケーションが盛り上がること間違いなし。
また、ヨーロッパ版では1カ国につき2ページの展開でしたが、今回の中東版では主要な国と地域についてはページを増やして、より詳しく紹介しています。
掲載している国・地域
イラン/イラク/トルコ/シリア/レバノン/イスラエル/パレスチナ(ヨルダン川西岸、ガザ地区)/サウジアラビア/クウェート/バーレーン/カタール/アラブ首長国連邦/オマーン/イエメン/エジプト/スーダン/リビア/チュニジア/アルジェリア/モロッコ/アフガニスタン/カザフスタン/ウズベキスタン/キルギスタン/タジキスタン/トルクメニスタン/アゼルバイジャン/ジョージア/アルメニア
【監修者】高橋和夫 (たかはし・かずお)
福岡県北九州市生まれ、大阪外国語大学外国語学部ペルシア語科卒、コロンビア大学国際関係論修士、クウェート大学客員研究員、放送大学教員などを経て2018年4月より一般社団法人先端技術安全保障研究所会長。主な著書に『アラブとイスラエル』(講談社1992年)、『イスラム国の野望』(幻冬舎、2015年)、『世界の中の日本』(放送大学教育振興会、2015年)、『中東から世界が崩れる』(NHK出版、2016年)、『現代の国際政治』(放送大学教育振興会、2018年)、『国際理解のために(改訂版)』(放送大学教育振興会、2019年)、『中東の政治』(放送大学教育振興会、2020年3月)、『最終決戦トランプVS民主主義―アメリカ大統領選挙撤退後も鍵を握るサンダース』(ワニブックス、2020年7月)など。
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