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ロシアのウクライナ侵略

2022年2月24日、ロシアによる突然のウクライナへの軍事侵攻は、世界に大きな衝撃を与えました。ロシアのプーチン大統領がウクライナに攻め入った理由のひとつに、地政学的な緊張の高まりがあったといわれています。

NATOは東西冷戦時代の1949年、アメリカを中心とする西側諸国がソ連の脅威に対抗するために創設した軍事同盟です。当初は12ヵ国だけでしたが、次第に加盟国を増やしていき、冷戦後にはバルト三国、ポーランド、ハンガリー、ルーマニアといった元東側陣営の国々が相次いで加盟。このNATOの東方拡大は、ロシアにとって大きな脅威となりました。

さらに「兄弟国」のはずのウクライナまで加盟するとなれば、ロシアは地政学で重視される緩衝地帯を失い、NATOとより長大な国境を接する危険な状況に陥ります。そこでロシアはウクライナに侵攻し、ゼレンスキー政権の転覆を狙ったと考えられているのです。

しかし、プーチン大統領の思惑は外れ、ウクライナは激しく抵抗。戦争は長期化しています。そうしたなか、ロシアの脅威を目の当たりにした北欧の2ヵ国がNATO加盟を表明。2023年4月にはフィンランドがNATO入りし、7月にはスウェーデンが32番目の加盟国となることが確実になりました。

ロシアのウクライナ侵攻の背景にある独自の思想概念

武力をもって隣国に攻め入った地政学的理由としては、NATO(北大西洋条約機構)の東方拡大が挙げられますが、ルースキー・ミール(ロシアの世界)と呼ばれる思想の影響も見逃せません。

ルースキー・ミールとは、ロシア語を話し、キリスト教の一派であるロシア正教会の影響下にある地域を独自の文明圏とみなす概念で、ロシアをはじめベラルーシやウクライナがその範囲に含まれます。

歴史を遡ると、確かにロシア、ベラルーシ、ウクライナの3ヵ国は、9世紀に現在のウクライナの首都キーウを中心として建国されたキエフ・ルーシ公国にルーツがあります。キエフ・ルーシ公国はモンゴルの侵攻によって1240年に崩壊しました。しかし、その後に成立したモスクワ大公国が勢力を拡大。18世紀以降はロシア帝国が東へと版図を拡大し、現在の膨大な領土を築くに至ったのです。

そうした歴史的経緯から、プーチン大統領やロシア正教会はウクライナを「ロシア発祥の地」「兄弟国」であり、不可分の存在と位置づけていました。そしてこのルースキー・ミールの思想を背景に、プーチン政権はウクライナへ侵攻したと考えられているのです。

ロシアの「裏庭」の紛争

黒海とカスピ海の間に延びるカフカス山脈。その山脈沿いは地政学リスクの高い地域として知られています。ロシアの強い影響下にある「裏庭」といわれますが、さまざまな民族が暮らしており、紛争が勃発しやすい地域です。

チェチェン紛争、南オセチア紛争、ナゴルノ=カラバフ紛争など、武力衝突が繰り返されてきました。

ナゴルノ=カラバフ紛争はアルメニアとアゼルバイジャンの武力衝突です。第一次ナゴルノ=カラバフ紛争は、ロシアの支援を受けて近代兵器を揃えたアルメニア側が事実上勝利。第二次ナゴルノ=カラバフ紛争はアゼルバイジャンがトルコ製ドローンなどの最新兵器を使って事実上勝利しました。ロシアはアゼルバイジャン側に立つトルコとの関係を重んじ、友好国であるアルメニアを助けなかったとされています。

ロシアとウクライナの戦争を横目に、アゼルバイジャンがナゴルノ=カラバフに大規模軍事行動を仕掛けました。それによってアルツァフ共和国は崩壊に追い込まれ、アルメニア系住民は大挙してアルメニア本国へ避難していきました。

ウクライナ戦争で疲弊したロシアは、アゼルバイジャンの軍事行動を追認するしかありませんでした。ウクライナだけで手一杯で、もはや「裏庭」にまで手がまわらなくなっているのです。この一件を機に、ロシアと周辺国の関係性が、変容する可能性も出てきました。

ロシアと日本の問題

1945年(昭和20年)8月8日、ソ連は日ソ不可侵条約を破って日本に宣戦布告し、満州や樺太、千島列島、北方四島(択捉島(えとろふ)、国後(くなしり)島、色丹(しこたん)島、歯舞(はぼまい)群島)に攻めてきました。それら当時の日本領は次々に占拠され四島もポツダム宣言受諾後の9月5日に占領されてしまいます。それ以降、極東日本の小さな島々では、大国ロシアの実効支配が続いています。

ロシアが北方領土を返したくない理由

北方四島が日本に戻れば、日米地位協定によって四島にアメリカ軍の基地が建設される可能性があります。ロシアにしてみれば、喉元にナイフをつきつけられるようなものなので、そうした事態は絶対に阻止しなければなりません。

また四島の先に位置するウルップ島とシムシル島の間の北得撫(ウルップ)水道は、ロシア軍の軍艦や潜水艦が太平洋に出るためのチョークポイントになっています。四島間を含めたこの海域は冬季でも凍結することがなく、しかも原子力潜水艦の航路に適した水深があるため、押さえておく必要があります。

2022年のウクライナ侵攻に際し、日本は欧米諸国とともにロシアへの経済制裁を課しました。これにロシアは強く反発し、「北方領土問題を含む日本との〝平和条約交渉〞を中断する」と表明。四島返還の望みは暗礁に乗り上げてしまった形です。

現在、北方領土問題は解決方法がまったくみえない状況になっています。

ロシアの資源戦略

ロシアは2020年における天然ガス産出量、原油生産量とも世界第2位の資源大国です。広大な国土に埋蔵されている原油や天然ガスに目をつけ、その武器化を進めたのです。

プーチンはオイルマネーを元手に経済を復活させると、EU諸国へつながるノルドストリームなどのパイプラインを敷いて天然ガスを輸出しはじめます。EU諸国における天然ガスのロシア依存は次第に高まり、2020年には約3〜4割、ドイツに至っては58%に達しました。

ロシアのパイプラインに依存しすぎる恐ろしさ

ロシア依存が高くても、平時であればとくに影響はありません。しかし、何かあれば大きな問題が生じます。ロシアにとってエネルギー資源は武器だからです。2022年2月、ウクライナに侵攻したロシアに対し、欧米諸国が経済制裁を課すと、ロシアは天然ガスの供給を制限しました。それまでロシアからの輸入に頼っていたEU諸国はエネルギー価格の高騰によって経済を悪化させ、市民は冬の寒さに打ち震えることになりました。

その後しばらくすると、多くの国でエネルギー資源のロシア依存脱却が図られましたが、いまだに多くをロシアからの輸入に頼っているハンガリーのような国もあります。そうした国はロシアへの経済制裁を批判するなど、EUの結束を乱す動きをみせていたりもします。

地政学から見る中国とロシアの関係

ランドパワーの大国であるロシアと中国。両国は、約4300kmの長い国境で接しています。地政学ではランドパワー同士は対立しやすい関係にあり、実際、歴史的に対立・衝突を繰り返してきました。

そうした状況が変わったのは、ソ連崩壊によりロシアが成立した1990年代以降です。中ロ両国は根気よく国境策定交渉を重ね、2004年に強権のプーチン大統領と胡錦濤(こきんとう)国家主席が国境問題を完全に収束させました。そしてそれ以降、関係性を強めていきました

中ロ関係を結びつけた「資源」

ロシアは世界有数の原油・天然ガスの生産・輸出国、一方の中国は14億の人口を抱えるエネルギーの大量消費国で、とくに2022年のウクライナ侵攻後、EU(欧州連合)から経済制裁を受けると、ロシアは中国のエネルギー需要に助けられることになったのです。

中ロ関係を結びつけた「反欧米の権威主義」

もうひとつの要因は、反欧米の権威主義体制という政治的スタンスです。

中ロ両国は「アメリカやNATOから包囲されている」という認識を共有しています。中国は具体的に戦争状態にあるわけではありませんが、インド太平洋地域でアメリカが周辺諸国を巻き込み、軍事協力機構を形成しつつあることを脅威としています。

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なぜロシアはウクライナに侵攻したのか?中国が台湾統一を望む理由、ミサイルを発射し続ける北朝鮮、次の成長国はどこ?「グローバル・サウス」の共通点とは?アメリカの中東離れのきっかけとなったシェール革命、米中半導体戦争の最前線に立つ台湾、中国の「新地図」に怒り心頭な周辺国…などなど、世界を揺るがす国際情勢や経済事情、紛争と諸問題のエポックのなかから地理的要因のあるテーマを選び、地図や図解をつかって地政学的にひも解いた一冊です。

序章 地政学の基本を押さえよう

【地政学の概念】政治、経済、軍事、社会などより「地理」に着目することによって国際情勢を読み解こうとする学問
【バランス・オブ・パワー】対抗勢力が台頭してきたら、別の勢力と協力して叩きつぶす―。それが覇権国が立場を守る方法
【陸の力・海の力】中国やロシアはランドパワー、アメリカや日本はシーパワー。どちらが強くて優位性があるのか?
【ランドパワー対シーパワー】ランドパワーとシーパワーが何度も衝突を繰り返してきたリムランドと呼ばれる緩衝地帯
【シーパワーと世界覇権】海を制するものは世界を制する―。シーパワーを高めるために重要な海の通り道を押さえる方法とは?

第1章 地政学でよくわかる世界の最新ニュース

【ガザ侵攻】イスラエルによる強権的支配にイスラム組織ハマスがついに暴発! パレスチナ紛争に終わりはあるのか?
【ウクライナ戦争】欧米諸国の軍事同盟NATOとロシアの対立が、ウクライナへの侵略を招いた!
【米中対立】覇権勢力と新興勢力の戦いはもはや運命なのか!? 激化するアメリカと中国の対立
【北朝鮮の核兵器・ミサイル開発】核開発やミサイル発射を続け、国際社会に脅威を与える北朝鮮。その背景にみえる地政学的理由とは?
【中国による台湾統一の野望】にらみ合う中国と台湾。中国が台湾統一を望むのは海洋覇権への足がかり?
【中国とインドの人口増加】インドが中国を抜いて世界一に! アジアの二大巨頭が人口大国になったのはなぜ?
【ブレグジット】さらば大陸! イギリスが選んだEU離脱の道。その大胆な選択は正しかったのか?
【クルド人問題】日本でも問題になっているクルド人。「国をもたない世界最大の民族」が中東に生まれた原因とは?
【グローバル・サウス】国際社会で存在感を高めているグローバル・サウスと呼ばれる国々。その多くは南半球にある
【原発回帰】脱原発から原発回帰へ…。地政学リスクの高まりにともない、二転三転する世界の原発事情

第2章 大国の戦略・思惑を地政学で読み解く

【中国の一帯一路構想】ユーラシア大陸に巨大経済圏誕生? 中国が推進している一帯一路には深い闇が隠されていた!
【ロシアのエネルギー戦略】原油や天然ガスで欧州を支配。大国ロシアが展開してきたエネルギー資源の武器化戦略
【アメリカの中東離れ】シェール革命により、アメリカが世界一のエネルギー大国に。進む中東からアジアへの方向転換
【サウジアラビアの脱石油政策】石油に頼らない国家運営は可能? 世界屈指の産油国が進める脱石油政策に注目が集まる
【トルコの全方位外交】欧米ともロシアとも接点を保ち、中立の立場から外交を展開するトルコの特異な立ち位置
【BRICS+6】欧米主導の国際秩序へ物申す。新規加盟の6ヵ国を加え、勢いを増しているBRICS
【中国の食糧戦略】大量に集めた食糧を途上国に支援。食糧を武器化することにより、世界への影響力拡大を狙う中国
【グローバル・ブリテン構想】大英帝国時代の栄光再び―。日英同盟の復活も噂されるブレグジット後のイギリスの動き
【ルースキー・ミール】ロシアのウクライナ侵攻の背景にはウクライナを同じ文化圏とみなす独自の思想概念が存在していた
【イスラエルの技術開発】技術力で水資源を確保! 中東・アラブにあるユダヤ人の国、イスラエルが乾いた大地を潤す
【アメリカの極東軍事戦略】沖縄に全体の約4割が存在。アメリカが南国の沖縄に多数の基地を置いている理由は?
【QuadとIPEF】中国への対抗措置を講じる日本が積極的に動いている戦略対話と経済枠組みの実態は?

第3章 世界の経済事情を地理的視点で解釈する

【インドのIT産業】インド経済を牽引するIT産業。その成長を促進したのはアメリカとの12時間の時差!
【アメリカのシリコンバレー】アップルやグーグルが生まれたIT産業の聖地シリコンバレー。この地域のもつ地の利とは?
【半導体戦争】アメリカが死力を尽くして中国から台湾を守ろうとするのは半導体の供給不足を恐れるがため!?
【シンガポールの経済成長】東南アジアを代表する経済大国は台風の影響を受けない地理的特徴が大きなアドバンテージになった
【韓国の軍需産業】「K兵器」の売り込みに成功し、世界屈指の武器輸出大国に。韓国が兵器製造に強い理由とは?
【北極圏の経済利権争い】北極圏の氷が解け出したことで新たな航路と資源が出現し、争奪戦が激化している!
【移り変わる世界の工場】イギリス→中国→東南アジア。製造拠点は同じ場所にとどまらず、次々と移転を続けていた
【フィンランドのIT産業】北欧のハイテク大国を支えている北部の最大都市オウル。何がIT産業の興隆をもたらした?
【メキシコの自動車産業】日本企業も続々と進出中。世界屈指の自動車生産国としてのメキシコの優位性とは何か?
【観光立国の条件】観光業で成功した国の共通項は自然・文化・食事…、そしてもうひとつは気候だった!
【モーリシャスの観光・金融業】今やアフリカの優等生! インド洋に浮かぶ小国が地の利を活かして大躍進
【パナマの運河経営】世界三大運河のひとつパナマ運河。その通航料を増やすためにパナマが行った拡張工事
【アメリカの自動車産業】アメリカの「モーターシティ」が中西部のデトロイトから南東部に移ってきている理由とは?
【欧州経済最強国の課題】日本を上回る世界第3位、欧州ではトップの経済大国ドイツ。ロシア依存、中国依存が悩みの種
【日本の半導体産業】世界一の半導体メーカーが日本の熊本に工場を建設。熊本を選んだ理由は何?

第4章 各地で起こる紛争や諸問題を地政学で学ぶ

【中国の領土・領海拡張問題】係争地を一方的に自国領に。中国が作成した「新地図」に周辺諸国は怒り心頭!
【移民・難民問題】貧困や紛争から逃れて、豊かな地を目指す移民・難民が欧州各国やアメリカを悩ませる
【カスピ海をめぐる海・湖論争】湖か、海かで利権が変わる。5ヵ国が20年以上も揉めていた「カスピ海」の取り扱い
【イランによる革命の輸出】多数の紛争や内乱にかかわり、「悪の枢軸」と非難されてきた中東の地域大国イランの悪行
【カフカス地方の民族紛争】チェチェン、ジョージア、そしてナゴルノ=カラバフ…。ロシアの「裏庭」は紛争多発地
【南北問題と南南問題】地理学者ハンチントンが提言! 北半球に先進国が多く、南半球に貧困国が多い理由とは?
【日ロ間に立ち塞がる北方領土問題】大国ロシアの実効支配が続く極東日本の小さな島々。なぜロシアは返還に応じないのか?
【中国政府によるウイグル弾圧】強権的な中国政府が繰り返すウイグル族への人権弾圧。なぜ独立させたくないのか?
【アフリカと紛争】人類発祥の地、アフリカ。資源に恵まれた豊かな土地で紛争が絶えないのはなぜか?
【欧米と対立する権威主義の中ロ】長らく対立・衝突を繰り返した後、反欧米のスタンスで手をとり合うランドパワーの中国とロシア
【中国の不動産不況】中国各地に出現したゴーストタウン。中国経済を牽引してきた不動産が深刻な状況に陥ったワケ
【アフリカの食糧危機】自給用作物を軽んじ、輸出用作物をつくりすぎたことがアフリカの食糧危機の要因に?
【地球温暖化と水没危機】海面上昇が止まらない!一国が沈んでしまった場合、その国は消滅してしまうのか?

【監修者】鈴木達人(すずきたつじん)

地理の予備校講師。大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)アラビア・アフリカ語学科卒。スタディサプリをはじめ、全国の大手予備校で地理を教える。講習では100人規模の大教室が満席になる人気講師。おもな著書に『世の中のしくみが氷解する 世界一おもしろい地理の授業』(KADOKAWA)などがある。

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