更新日: 2024年6月17日
大日経は密教の根本経典のひとつ~空海は苦悩の末、悟りに通じる最高の教えと考える大日経と出合う
密教の根本経典のひとつである大日経に空海が出合ったのは、空海が24歳の時でした。悟りたいのに悟れない苦悩の中にいた空海はどのようにして、大日経に辿りついたのでしょうか?大日経に出合い進むべき道を確信した若い空海に思いを馳せてましょう。
大日経に出合う前の空海は、「悟り」を求め苦悩する
山林修行で自ら悟りを開いた空海でしたが、彼にとって「悟り」とはなんだったのでしょうか。そのヒントとなる言葉が、『性霊集(しょうりょうしゅう)』(空海の弟子、真しんぜい済が編集した空海の漢詩文集)7巻の「性薫(しょうくん)我を勧めて還源(げんげん)を思いとす。経路未だ知らず。岐(ちまた)に臨んで幾たびか泣く」という一説です。
空海の悟りに対する苦悩
性薫とは「誰にでも備わっている本来の仏の心」、還源とは「本源に還ること、迷いのない澄んだ世界(悟りの世界)に還ること」を意味しています。意訳すると「私の中に備わっている仏の心が、迷いのない澄んだ世界に還りたい、悟りを得たいと強く望んでいる。それなのに、どの道に進めばいいか分からない。分かれ道を目の前にして、何度泣いたことだろう」となります。
空海は 「人には最初から仏の心があり、悟りの世界にいる。しかし雑念に惑わされて道に迷い、悟りの世界へ還る道を見失っている」 と考えていたようです。この一説は、晩年の空海が若き日の自分を振り返り、修行中の心情を述べたものです。天才肌の空海でさえ「悟りたいのに、その方法が分からない」と苦悩したのかと思うと、なかなか興味深いものがあります。
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