目次
【イスラームの歴史】アッバース朝の成立とウマイヤ朝滅亡(750年)
ウマイヤ朝滅亡のポイント
ポイント1.正統カリフの時代は4代しか続かなかった
ポイント2.ウマイヤ朝とアッバース朝は、同じイスラーム勢力ながら性格が異なる
ポイント3.「神の前の平等」を掲げるアッバース朝が真のイスラーム帝国
アブー・アル・アッバースのクーデターによりウマイヤ朝は滅亡
選挙で選ばれたカリフをイスラーム共同体の指導者とする正統カリフの時代は4代続きました。しかし4代カリフのアリーが暗殺され、ウマイヤ家のムアーウィヤがカリフにつくと、それ以降のカリフはウマイヤ家の世襲となり、ウマイヤ朝が成立します。
ウマイヤ朝はイスラーム教徒のなかでもアラブ人を優遇。たとえば税に関して非アラブ人に地税と人頭税を課す一方、アラブ人は免税にするなど「アラブ帝国」というべきものでした。そのため非アラブ人の不満が高まり、アブー・アル・アッバースのクーデターで倒されてしまいます。
アッバース朝はイスラム帝国
アブー・アル・アッバースはアッバース朝を樹立します。
アッバース朝では「神の前ではみな平等」という教えのとおり、イスラーム教徒であれば非アラブ人でも人頭税を免除しました。これぞ正真正銘の「イスラーム帝国」だったのです。
このやり方は多くのイスラーム教徒の支持を得、アッバース朝は500年間も続いたのです。
アッバース朝の成立:その時日本は!?
大化改新が行なわれる
645年、中大兄皇子と中臣鎌足が大化改新を行ないました。乙巳の変で有力豪族蘇我氏を滅ぼし、唐の律令制度を取り入れた天皇制の中央集権国家づくりを推進していきました。
【イスラームの歴史】シーア派とスンナ派(スンニ派)に分裂するイスラーム教(661年)
イスラーム世界分裂のポイント
ポイント1.4代カリフの暗殺がイスラーム教の分裂のきっかけとなる
ポイント2.4代カリフを支持していた人々がシーア派(少数派)
ポイント3.ムハンマドの言行を重視した人々がスンナ派(多数派)
シーア派とスンナ派(スンニ派)の分裂は後継者争いから
現在、イスラーム世界はスンナ派とシーア派に二分されています。両派は対立しており、これまでに何度も争いを繰り広げてきました。
このイスラーム世界の分裂のきっかけは、先に述べた4代カリフのアリーが暗殺されたことです。アリーとその子孫をムハンマドの正統な後継者とみなす人々は「アリーのシーア(派閥)」と呼ばれたことからシーア派となりました。一方、それ以外の人々は歴代カリフも認め、スンナ(ムハンマドの言行)を重視したことからスンナ派と呼ばれたのです。
現在ではスンナ派がイスラーム教国の約9割を占める多数派で、シーア派はイランを中心としたごく一部に限られます。教義の面での違いはそれほどないが、両派の対立は避け難いものがあるのです。
【イスラームの歴史】イスラム文化の隆盛(8~13世紀)~商人たちによる世界各地の文化の融合~
イスラーム文化隆盛のポイント
ポイント1.ルネサンス以前、イスラーム文化は文明の最先端をいっていた
ポイント2.イスラーム商人の商業活動が文化や科学、技術を発展させた
ポイント3.イスラーム文化がヨーロッパへ伝わり、ルネサンスに影響を与えた
イスラーム文化が最先端
ウマイヤ朝、それに続くアッバース朝は、ジハードによって版図を拡大していきました。
その過程でイスラーム商人は世界を股にかけた商業活動を展開。結果として、最先端をいっていたイスラーム文化が世界に広まったり、各地の文化がイスラーム世界に流入するなどして、文明が大きく進歩したのです。
たとえば、交易を通じてギリシア語やペルシア語の文献がアッバース朝の都バクダッドにもたらされると、アラビア語またはラテン語に翻訳されてヨーロッパへ輸出され、のちのルネサンスに影響を与えます。
ルネサンス期の三大発明といわれる火薬・羅針盤・活版印刷術も、中国からイスラーム世界を経由して改良・実用化されたものです。
『地図でスッと頭に入る世界史』好評発売中!
[本書の特長]
◎紹介する歴史項目全てに、イラストや写真を使ったわかりやすい地図を入れ、全体像が一目瞭然!
◎3つの要点で事件の概要が把握でき、歴史上の位置づけがしっかりわかる
◎歴史の一ページを形成した地理的背景、時間の経過がより一層理解できる解説
◎同時期の日本では何が起きていたか比較できるワンポイントコラム
『地図でスッと頭に入る世界史』見どころ―目次から抜粋
■紀元前221年、秦がバラバラの貨幣を統一したことで、歴史上はじめて〝ひとつの中国〞が実現した
■紀元前202年、中国を再統一した漢がシルクロードを開いた結果、東西交易が盛んになった
■208年、魏の曹操・蜀の劉備・呉の孫権の三者が死闘を繰り広げる『三国志』の時代が到来する
■618年、隋を引き継いだ唐が巧みな統治で周辺諸国を服従させ、国際色豊かな大帝国に発展
■1405年、周辺国の朝貢を求める明がヨーロッパより100年早く南海への大航海を展開する
■紀元前5世紀、アテネとスパルタの二大ポリスが戦争を繰り広げ、ギリシア世界は大きく変化
■紀元前334年~、アレクサンドロス大王の東方遠征で東西文化が融合したヘレニズム文化が生まれる
■紀元前27年、200年間にわたって続いたローマ帝国の最盛期は、30万キロの幹線道路が支えていた
■313年、イエスが説いたキリスト教がパウロの布教活動をきっかけに世界宗教へと飛躍した
■800年、ゲルマン人が建てたフランク王国のカール大帝が西ローマ帝国を復活させた
■1096年、計7回の十字軍遠征で当初の目的ははたせなかったが、ヨーロッパ経済が変化した
■14世紀、経済成長を背景にはじまった文化や思想の新しい動きがルネサンスの呼び水となる
■14世紀半ば、「黒死病」とも呼ばれるペストが猛威をふるい、欧州人口の30%以上が死亡
■16世紀、世俗にまみれて堕落・腐敗したローマ・カトリック教会に抵抗するプロテスタントが生まれる
■15世紀、大海原に漕ぎ出したヨーロッパの航海者たちが世界経済を大きく変えた
■16~18世紀、覇権争いを繰り広げるヨーロッパの強国が世界各地に植民地を築く
■紀元前8~4世紀、オリエント世界に興ったアッシリアとアケメネス朝ペルシアが世界帝国として君臨する
■紀元前500年頃、アジア各国で信仰され、世界宗教のひとつになっている仏教がインドで生まれる
■4~6世紀、インドで産声をあげ、民衆の間に浸透したヒンドゥー教が仏教を駆逐
■610年頃、アラビア半島のオアシス都市メッカでアッラーを唯一神とするイスラーム教が成立する
■661年、勢力拡大を続けるイスラーム教がカリフの暗殺をきっかけにスンナ派とシーア派に分裂
■16世紀、地中海の覇権を握り異教徒を効果的に使ってオスマン帝国が大帝国に成長
■18世紀、躍進するイギリスで現代の資本主義社会につながる産業革命が起こる
■1775年~、イギリスの植民地への重圧が植民地の人々を怒らせ、アメリカ独立戦争が勃発
■1789年、英仏戦争での財政悪化とブルボン王朝の贅沢三昧がフランス革命の火種となった
■1804年、フランス革命を引き継いだフランスの英雄ナポレオンが〝ヨーロッパ帝国〞を建設する
■1861年~、産業構造の違いが原因で北部と南部の対立が深まり、アメリカ南北戦争が勃発
■19世紀後半、「眠れる獅子」と呼ばれた清がアヘン戦争でイギリスに負け、列強のアジア進出が加速
■1917年、中東の権益を狙うイギリスが現在のパレスティナ紛争につながる3枚舌外交を展開する
■1929年、世界恐慌が起こり、ブロック経済とファシズムが生まれ、世界は再び戦争へ向かう
『地図でスッと頭に入る世界史』監修者
祝田秀全(いわたしゅうぜん)
東京出身。歴史学専攻。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同研究員、代々木ゼミナール講師を経て、現在北九州予備校東京校で東大世界史講師を務める。『銀の世界史』(筑摩書房)、『東大生が身につけている教養としての世界史』(河出書房新社)、『2時間でおさらいできる世界史』(大和書房)、『歴史が面白くなる東大のディープな世界史』(中経出版)、『エリア別だから流れがつながる世界史』(朝日新聞出版)など、多数の著書・監修書がある。趣味はコーヒー飲用。ジャマイカのあの山の中腹でとれるコーヒー豆を炒って飲んでみたい。それに古典落語鑑賞。
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