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平安時代の藤原氏~一族内の争いに勝ち残った道長(平安時代後期)

藤原北家は、良房(よしふさ)が清和(せいわ)天皇の外祖父(がいそふ)となり、皇族以外ではじめて摂政(せっしょう)につき政治の実権を握る一方で、ライバルになりそうな有力貴族を排除していきました。橘氏(たちばなし)、伴氏(ともし)、菅原道真(すがわらのみちざね)、そして安和(あんな)の変で左大臣の源高明(みなもとのたかあきら)を失脚させると、藤原氏が政治的権力を独占します。摂政・関白となり権勢を極めた摂関時代を迎えるのです。

しかしそれでも権力闘争は終わりません。

今度は藤原氏の一族内で、氏長者(うじのちょうじゃ)を巡る争いを展開。藤原兼家(かねいえ)とその子道隆(みちたか)を経た弟の道長(みちなが)の時代に、摂関政治は最盛期へと至ったのでした。

平安時代の藤原氏:藤原道長~摂関政治の最盛期を極めた大貴族

摂関時代の最盛期に活躍した藤原道長(みちなが)は、摂政を務めた藤原兼家の5男です。兄の道隆、道兼が相次いで亡くなると、天皇の母である姉東三条院(藤原詮子)の強力な後援で道隆の子・伊周(これちか)との権力争いに勝利を収めました。

長保元年(999)に娘の彰子(しょうし)を一条天皇に入内させた道長は、彰子の後宮を最高のものにしたいと才女を女房に集め、『源氏物語』で評判だった紫式部もスカウトします。以降、道長は『源氏物語』の執筆をサポートしていきます。

やがて彰子が皇子をふたり生むと、その皇子を次々と天皇につけ、天皇の外祖父として並びなき権勢を手に入れます。ついには3人の娘が后になるという未曽有の威勢を成し遂げ「望もち月づきの歌」を残したのです。

平安時代の藤原氏:藤原定子~権力闘争の悲哀を味わった 聡明なる中宮

藤原道隆の娘で一条天皇の中宮。彼女に仕えた女房のひとり清少納言は、『枕草子』で定子(ていし)は聡明で奥ゆかしい美人とたたえています。

父の後見や天皇の寵愛を得ていたことで華やかな将来が期待されていましたが、道隆の急死後、兄の伊周(これちか)が花山法皇の輿に矢を射かける事件を起こして失脚し、定子は出家します。

その後は伯父の道長が政権の主導権を握り、道長の娘・彰子も入内(じゅだい)して中宮となったため、定子の権勢は衰えていきます。しかし天皇の寵愛は変わらず一男二女を出産しました。長保2年(1000)、第3子を出産直後、後産に失敗して23歳の若さで亡くなっています。

平安時代の藤原氏:藤原彰子~政界のゴッドマザーとなった 紫式部の主

藤原彰子(しょうし)は一条天皇の中宮後一条、後朱雀両天皇の生母です。
藤原道長の長女として生まれ、長保1年(999)に女御として入内すると、翌年中宮となり、ふたりの親王を出産しました。一条天皇の退位後、皇太后となり、万寿3年(1026)に門院号を受けて上東門院と名乗ります。国母として仰がれ、弟たちの摂関政治を支えました。

女房として仕えた紫式部に対しては、『源氏物語』で評判だった彼女を当初、気難しい女性と警戒していましたが、じきに紫式部の控えめな性格を知り、親密な間柄となりました。彰子は紫式部から『白氏文集』の講義を受けたり、『源氏物語』の執筆をサポートしたりとふたりだけで話す機会も多かったようです。

平安時代の藤原氏:藤原為時~子供たちよりも長生きした 紫式部の博識な父

藤原為時(ためとき)は、紫式部の父。藤原兼輔(かねすけ)の孫で、菅原文時(すがわらのふみとき)に師事した漢詩人です。

花山天皇時代に式部丞(しきぶのじょう)、蔵人(くろうど)などを歴任し、不遇の時期を経て長徳2年(996)、越前守に任じられました。これに関しては最初小国の淡路守に任じられるも、それを不満に思い奏上した漢詩に天皇が感動し、越前守に振り替えられた経緯で知られています。
その後は越後守も務めたが、紫式部とその弟に先立たれ、三井寺(みいでら)にて出家80歳ぐらいの長命で亡くなったとされています。

為時は紫式部の漢詩の才能をいち早く見抜き、「男の子であったら」と慨嘆した逸話があり、紫式部の文才は父譲りだったといえます。

平安時代の藤原氏:藤原信孝~有能な官僚だった紫式部の夫

紫式部の夫。右大臣・藤原定方(さだかた)の家系で、為輔の子です。大宰少弐、山城守など多くの官職を歴任した有能な能吏で、舞楽にも通じ、石清水(いわしみず)や賀茂の臨時祭りでは舞人を奉仕し、殿上音楽にも出仕しています。

長徳4年(998)頃、かねてより求婚していた、またいとこで20ほど年下の紫式部と結婚します。
ただしほかにも妻がおり、その邸から紫式部の家に通う結婚でした。ふたりの間には賢子(けんし)が生まれましたが、結婚からわずか3年ほどで天然痘にかかり病死しました。

紫式部とは和歌のやり取りが残されていますが、明るくおおらかな人柄で、趣向を凝らした手紙を送るなどウィットに富んだ人物像がうかがえます。

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世界最古の長編小説ともいわれる『源氏物語』は、平安時代の宮廷を舞台に展開される主人公・光源氏と女性たちの恋愛模様を描いた物語で、今もなお多くの人に愛読される日本文学の古典です。ですが、全54帖という長編ゆえに最後まで読み通すのは大変困難な作品であることでも知られています。
本書はこの大長編小説『源氏物語』のあらすじと、作者・紫式部の人と生涯を図版と地図を豊富に用いながらわかりやすく解説した『源氏物語』の入門書です。

【第1部】紫式部とその時代
〔第1章〕平安時代の後宮生活
〔第2章〕紫式部の生涯

【第2部】 押さえておきたい『源氏物語』
〔第3章〕光源氏の青年時代―恋の旅路を歩む貴公子
〔第4章〕栄華の頂点―位人臣(くらいじんしん)を極めた光源氏
〔第5章〕宇治十帖―光源氏亡き後の世界

【監修者】竹内正彦

1963年長野県生まれ。國學院大學大学院博士課程後期単位取得退学。博士(文学)。
群馬県立女子大学文学部講師・准教授、フェリス女学院大学文学部教授等を経て、現在、國學院大學文学部日本文学科教授。専攻は『源氏物語』を中心とした平安朝文学。著書に『源氏物語の顕現』(武蔵野書院)、『源氏物語発生史論―明石一族物語の地平―』(新典社)、『2時間でおさらいできる源氏物語(だいわ文庫)』(大和書房)、『図説 あらすじと地図で面白いほどわかる!源氏物語(青春新書インテリジェンス)』(青春出版社、監修)、『源氏物語事典』(大和書房、共編著)ほか。

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