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【日本の地震:過去の被害】濃尾地震は内陸地震としては日本最大級

岐阜県には活断層が多くあり、今後も地震が発生する確率が高い地域です。
岐阜県内で、最も規模の大きいものが濃尾断層帯(のうびだんそうたい)です。福井県から南東へ延びる温見断層(ぬくみだんそう)、能郷白山(のうごうはくさん)の麓から岐阜市まで繋がる根尾谷断層(ねおだにだんそう)、本巣市の北東から関市の南へ続く梅原断層(うめはらだんそう)などを含んでいます。

根尾谷断層を中心とする主要部分が、明治時代に起きた濃尾地震(のうびじしん)の際に大きく活動しています。内陸地震としては日本最大級のM8.0を記録し、死者は7000人を超えました。家屋や鉄道、工場の倒壊を招き、地割れや陥没などの地変を伴ったといいます。

【日本の地震:過去の被害】三陸の地震で明治時代にM8級が発生?

宮城県や岩手県の三陸沖は地震の多発地帯で、度々、大津波に襲われています。

1896(明治29)年6月15日、午後7時32分に明治三陸沖地が発生しました。マグニチュードは6.2とされてきましたが、被害の大きさから、現在ではマグニチュード8を超えていたと考えられています。

地震のおよそ30分後には大津波が押し寄せました。津波は最大で38.2m(海抜)を記録しています。震源地が釜石沖であったため、被害は釜石周辺の海岸に広がりました。宮城県では、本吉郡唐桑町(からくわちょう)などが被害を受けています。死者は2万人以上。

唐桑町只越(ただこし)地域では、浜と川沿いの低地に家屋が集中していたため、ほぼ全戸が津波にのまれ、村人の8割が亡くなったといわれます。津波が発生したのは夜だったため、避難が遅れたのでしょう。

その後、居住地は北の高台に移されましたが、昭和の初めには元の海岸地帯に戻っています。暮らしやすさ、仕事のしやすさが優先されてしまったようです。

三陸では大津波が昭和にも押し寄せている

昭和初期にも三陸大津波が起こっています。

1933(昭和8)年3月3日、午前2時30分、マグニチュード8.1の大地震が三陸沖で発生しました。30~50分後には、岩手県と宮城県北部に最高28.7m(海抜)の津波が押し寄せています。

明治の三陸沖地震に比べると、津波の高さが全般に低く、倒壊・流失戸数は多かったのですが、死者は岩手県で1133人、青森県で1人、宮城県で0人と、明治の津波に比べ、被害は小さくすみました。

明治三陸大津波から37年が過ぎていましたが、当時の記憶がまだ残されていて、避難も迅速に進んだと思われます。

この津波ののちに、被害地域に建物を建てる場合は許可が必要となり、唐桑町只越地域でも住宅は高台に移されました。

しかし、1965(昭和40)年ごろから宅地不足のため、海岸付近に再び住宅が建てられるようになったといわれます。

【日本の地震:過去の被害】関東大震災

大正12(1923)年9月1日、午前11時58分頃、関東地方で相模湾北部を震源とするマグニチュード7.9の地震が発生。地震の強さ自体は最大級ではなかったものの、その主要動は約10分間にわたって続き、死者・行方不明者は観測史上最悪の計10万5千人に上りました。

なかでも東京東部と横浜、小田原は壊滅的な被害を受け、死者は10万人以上。ほかにも千葉県で1373人、静岡県で450人、埼玉県で280人の死者が出ています。

関東大震災での深刻な被害は火災

しかし、建物の倒壊よりも深刻な被害をもたらしたのは火災でした。昼食時の火の使用と重なり、各所で次々と火災が発生。全犠牲者の約9割が火災で死亡し、東京中心部の約4割が焼失します。

陸軍被服廠跡地は、当時その一帯の唯一の空き地で、避難した人で身動きできない状態になっていました。そこを火災によって発生した竜巻のような火災旋風に四方から襲われ、逃げ場を失った人々がほぼ全滅。東京全体の死者約5万8 千人のうち、ここだけで約3万8千人が亡くなっています。

【日本の地震:過去の被害】阪神・淡路大震災と兵庫県に起こった過去の大地震

大阪で確認されているおもな活断層は7つ。まずは兵庫県の神戸北区から大阪府高槻(たかつき)市に走る「有馬・高槻断層帯」です。これは1596年に京都伏見城を倒壊させた慶長伏見地震(けいちょうふしみじしん)を起こした断層帯で、2018年6月の大阪府北部地震も、この付近で発生しました。

兵庫県は、複数の断層帯の上にあります。そのせいで、たびたび大地震に見舞われてきました。

記録に残っている古いものでは、平安時代初期の868年、現在の姫路市付近を震央とする播磨国地震が起こっています。岡山県から三木市まで延びる山崎断層帯の活動によるもので、約100km離れた平安京の建物も倒壊したというから大地震だったようです。

近代では、豊岡市で震度6を記録した北但馬地震(1925年)と北丹後地震(1927年)が起こっています。そして1995年1月17日、兵庫県南部を襲ったマグニチュード7.3の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)です。

阪神・淡路大震災での被害規模

兵庫県では6400余名の命が奪われ、約4万人が負傷。家屋の全壊・半壊は24万棟あり、西宮市や神戸市長田区、兵庫区、灘区、東灘区などが壊滅的な被害を受けました。

西宮市では山陽新幹線の高架橋が落下、神戸市では阪神高速道路神戸線の高架橋が横倒し、伊丹市の阪急電鉄伊丹駅では電車が脱線して駅舎が倒壊するなど交通機関も甚大な打撃を受けました。

とくに被害が大きかったのは、淡路島北部から神戸市、芦屋市、西宮市にかけての沿岸と六甲山山麓に挟まれた帯状の地域。大阪府北西部から淡路島にかけて延びる六甲・淡路島断層帯の上でした。また、六甲変動と呼ばれる地殻変動の激しい上昇運動と大阪湾の沈降運動によってできているため、須磨断層や横尾山(よこおやま)断層など多くの断層が走っています。

阪神・淡路大震災の震央は淡路島北部、震源の深さは約16km。六甲・淡路島断層帯の一部を担う、野島断層と呼ばれる活断層のひずみによって発生した地震だったのです。

神戸新聞「データでみる阪神・淡路大震災」を元に作成

【日本の地震:過去の被害】東日本大震災の津波被害と復興

2011(平成23)年3月11日、太平洋の三陸沖(北緯38.1度、東経142.5度、深さ24km)を震源とする東北地方太平洋沖地震が発生しました。地震の規模を示すマグニチュードは日本の観測史上最大の9.0から9.1。震度7の揺れを観測した地域もありました。

この超巨大地震によって引き起こされた大規模な津波は、太平洋沿岸に面した東北各地に甚大な被害をもたらしました。戦後最悪の自然災害であり、この地震による災害は「東日本大震災」と総称されています。

岩手県においての東日本大震災

岩手県内では三陸沿岸地方の被害が大きく、宮古市以南の地域では最大8.5mを超える津波高(平常潮位と実際に観測された潮位の差)を記録し、岩手県全体では58㎢もの面積が津波に飲み込まれて浸水しました。陸前高田市はとくに被害が大きく、市中心部まで津波が押し寄せ、避難所として指定されていた市役所までも全壊するほどでした。

岩手県の被害状況としては、死者4673人、行方不明者1169人、負傷者208人、全壊1万8370戸、半壊6502戸、一部損壊1万3078戸。そのほとんどが津波による被害でした。

 

東日本大震災からの復興を目指す宮城県

東日本大震災により、宮城県内では10,566人の死者、1,219人の行方不明者を出し、被害額は9兆円を超えました。

震災の発生後、宮城県では10年間で復興を達成するという目標を定め、復興の道筋を示した「宮城県震災復興計画」を策定。復旧期(2011~2013年度)、再生期(2014~2017年度)を経て、現在は発展期(2018~2020年度)に当たっています。

宮城県内の在来線はBRTでの運行も含め、全線運行が再開。三陸沿岸道路(復興道路)の県内区間の開通率は約91%となりました。

また、2019(平成31)年4月には気仙沼大島大橋も開通し、大島と本土が陸路で結ばれました。

被災商工業者の本復旧状況は約97%、水揚金額の回復状況は約96%となり、塩釜港のコンテナ貨物取扱量は2015(平成27)年から震災前を上回っています。

東日本大震災により、県内の在来線5路線が運休となりました。気仙沼線・大船渡線は、2012(平成24)年8月からBRTで暫定運行を開始。石巻線は2015(平成27)年3月に、仙石線は同年5月に全線運行再開。2016(平成28)年12月には、福島県内の3駅で移設工事が 進められていた常磐線が浜吉田駅~相馬駅(福島県)間で 運行を再開し、5路線全てが復旧しました。

【日本の地震:今後予測されるもの】南海トラフ地震

南海トラフとは、日本列島が位置する大陸のプレートの下に、フィリピン海プレートが南側から年間数センチの深さで沈み込んでいる場所です。この沈み込みに伴い、2つのプレートの境界にひずみが蓄積されていると考えられており、蓄積されたひずみを解放する大地震が100~200年の間隔で発生しています。

南海トラフ地震の衝撃の被害予測

南海トラフによる地震は従来、東海地震、東南海地震、南海地震として震源別に発生が想定されていましたが、想定外が相次いだ東日本大震災をきっかけに予測が大幅に見直されました。

最大規模は東日本大震災級のM9クラスとし、東海・東南海・南海と3つの地震が立て続けに起こる「連動型」もあり得るとされました。その結果、最悪の場合に想定される被害があまりにも甚大で、地震の予測が公表されたときには全国に衝撃が走りました。

最悪のシナリオとなった場合、関東から九州にかけての太平洋沿岸に10m~30mもの巨大津波が押し寄せ、死者は全国で20万人以上の大惨事となる恐れがあるといいます。さらに、日本の国家予算を超える規模での経済損失となることが見込まれ、国家の存亡にかかわるような事態となると考えられています。それでいて目先の発生確率もきわめて高いため、対策は急がれます。

【日本の地震:今後予測されるもの】相模トラフ地震

相模トラフ沿いではM(マグニチュード)7以上の大きな地震がたびたび発生し、関東を中心に大規模な被害をもたらしてきました。直近では「関東大震災」の名で知られる大正関東地震があります。

2019(平成31)年2月26日に国が発表した地震評価によると、相模トラフ沿いでは、2タイプの地震が想定されています。

まず「次の相模トラフ沿いのM8クラス(M7.9~M8.6)地震」が30年以内に発生する確率はほぼ0~6%。低いと思えるかもしれませんが、実際は、わが国のおもな活断層のなかで地震発生の確率が高いグループに属します。

そしてもうひとつ、「プレートの沈み込みに伴うM7程度(M6.7~M7.3)の地震」は、30年以内の発生確率が70%程度。いうまでもなく、高い数字となっています。

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