更新日: 2024年1月15日
新潟の近代史~13の県が成立し徐々に統廃合 成立当初の人口日本一!?
越後国内に分立していた小藩が、明治維新以降、紆余曲折を経て新潟県として併合された。全国1位の人口を誇りました、巨大な県の誕生です。
【新潟の近代史】明治維新直後
戊辰戦争が起きたときに越後国内の藩は明治新政府軍と旧幕府軍(奥羽越列藩同盟(おううえつれっぱんどうめい))に分かれて戦いました。とくに長岡城をめぐる攻防戦は、北越戊辰戦争における最大の激戦となり、多くの犠牲者を出しました。
戊辰戦争の激戦地だった長岡藩のみ領土大幅減
明治維新当時、越後国内には11藩(村上、新発田(しばた)、黒川、三日市、村松、三根山(みねやま)、長岡、与板(よいた)、椎谷(しいや)、高田、糸魚川(いといがわ))と、さらに他藩の飛び地や旧幕府直轄地が存在しました。長岡以外の10藩は藩領が安堵され、明治政府の直轄となった新潟・柏崎・佐渡には県が設置されました。藩領が大幅に減らされた長岡藩は、財政が逼迫して廃藩となり、柏崎県に編入されました。
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