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小岩井農場と井上勝
1872(明治5)年、新橋〜横浜間に日本発の鉄道路線が開通したのを皮切りに、日本各地に鉄道が敷かれるようになりました。東北本線も、そうした明治期につくられた基幹路線のなかの代表的なひとつです。
1888(明治21)年、この東北本線延伸工事の視察のため、ひとりの男がこの地に降り立ちます。明治政府鉄道局長官・井上勝(まさる)です。長州藩出身の井上勝は、幕末動乱期にイギリスに密航して近代土木技術を学んだのち、新橋〜東京間、東海道本線、東北本線など多くの鉄道敷設工事の指揮を執った人物です。
当地を訪れた井上勝が目にしたのは、岩手山麓に広がる不毛の原野でした。火山灰の大地にススキやワラビなどが散在するその光景は、まさに開墾からとり残されたかのようでした。
小岩井農場の歴史は井上勝の決意で始まった
それまで鉄道工事で日本の近代化に貢献してきた井上勝でしたが、岩手山麓の未開拓の土地を目にしたとき、彼はあることを思いました。
小岩井農場の企業史によれば、奥羽山脈から吹き降ろす西風に打たれながら、井上勝はこれまで近代化のために田畑をとり壊してきた自分を顧み、これからはこの大地を開墾し、一大農場をつくろうと考えました。
日本の近代化にまい進してきた井上勝。ですが彼の心の奥には、開発のために各地の「美田良圃(びでんりょうほ)(美しい田と良い畑)」を接収し、潰してきた負い目もあったといいます。
この井上勝の決意が、今なお地元の酪農業を牽引し、観光地としても人々を楽しませている小岩井農場の原点となりました。
小岩井農場は創業ののち井上勝から岩崎へ経営が移る
1891(明治24)年、日本鉄道会社副社長・小野義眞(ぎしん)、三菱社社長・岩崎彌之助(やのすけ)の支援を受け小岩井農場を創業。「小岩井」は、小野、岩崎、井上の名字を1字ずつとったものです。
かくして原野の開墾が始まりましたが、土地の基盤整備に数十年を要しています。火山灰にまみれた酸性土壌の土地改良や、防風・防雪の植林など、不毛の大地が息を吹き返すための作業が山積みだったのです。
その間、経営は井上勝から岩崎へ移り、種牛の生産・販売を開始。1902(明治35)年にはバターの販売が始まり、これが大きな評判となりました。
小岩井農場に息づく井上勝の「美田良圃」の精神
1938(昭和13)年からは小岩井農牧株式会社として事業を行っており、現在の事業は酪農、種鶏、山林や環境緑化など多岐に渡っています。
敷地面積約3000ヘクタール。上記の酪農等の事業以外にとくに重要な観光事業については、およそ40ヘクタールの用地に「まきば園」が開放されており、観光客がおいしい乳製品や料理に舌鼓を打ち、実際の牛たちを見学するなど楽しみを満喫しています。
小岩井農場には、井上勝の「美田良圃」の精神が今なお息づいています。
小岩井農場周辺地図
動物たちとのふれあいや食事、買い物が楽しめる「まきば園」のほか、現在も生産が行われている牛舎や資料館のある上丸牛舎が一般に公開されています。
宮沢賢治と小岩井農場
岩手が生んだ文学者・宮沢賢治は詩・童話を残しただけではなく、農学校で土性調査を行うなど大自然に向けた独特の眼差しをもっていました。そんな彼がこよなく愛したのが小岩井農場だったといいます。
場内をよく散策していた賢治は、1922(大正11)年の詩集『春と修羅(しゅら)』に収めた長編詩「小岩井農場」で、散策の様子を記しています。小岩井農場と理想郷「イーハトーブ」の姿が重なったのかもしれません。
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Part.1 地図で読み解く岩手の大地
・盛岡のまちを見守る名峰 岩手山はどうやってできた?
・宮沢賢治が名付けた理想の地? イーハトーヴの風景地とは
・三陸海岸のうち南部だけが リアス海岸になっている理由
・三陸沖で多発する地震と 津波発生のメカニズムを探る
・平泉の黄金文化を支えた 玉山金山はどこがすごい?
・カルスト台地に刻まれた猊鼻渓と 幽玄洞は古生代の化石の宝庫!
・ティラノサウルス類化石も発見! 国内最大の琥珀産地・久慈
などなど岩手のダイナミックな自然のポイントを解説。
Part.2 岩手を駆け抜ける鉄道網
・軌道から車両まで対策は万全! 積雪地帯を快走する東北新幹線
・一ノ関以北で客車が走り続けた 大幹線・東北本線の歴史と実力
・急勾配を克服する物流の幹線 IGRいわて銀河鉄道がすごい!
・『銀河鉄道の夜』の原風景を走る岩手軽便鉄道に始まった釜石線
・三陸縦貫鉄道を引き継ぎ誕生! 沿岸部を走る三陸鉄道リアス線
・龍ヶ森の急勾配を越えろ! 奥羽山脈を横断する花輪線
などなど岩手ならではの交通事情を網羅。
Part.3 岩手で動いた歴史の瞬間
・人々が定住し集落が生まれ 南北それぞれの文化が発達
・胆沢平野を中心に米作が進み 強大な権力も生まれる
・蝦夷のリーダー・アテルイと ヤマト王権の熾烈な争い
・安部氏から奥州藤原氏 やがて群雄割拠の戦乱へ
・前九年・後三年の役が終結し 花開いた黄金の平泉文化
・大崎氏と斯波氏の時代を経て 南部氏と伊達氏が台頭
・戊辰戦争での敗北から 紆余曲折ののち岩手県が成立
などなど、激動の岩手の歴史に興味を惹きつける。
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