更新日: 2024年1月13日
樺太鉄道と稚泊航路~宗谷本線より北に延びた最北の鉄路~
かつて樺太が日本領だった時代、樺太と北海道の大地には稚泊(ちはく)連絡船を介して鉄道が敷かれ、最北端を目指す宗谷本線で本州とも結ばれていました。
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樺太鉄道は宗谷本線と宗谷海峡でつながる
宗谷本線稚内駅は、日本最北端の駅として知られていますが、かつてはさらに北に線路が延び、宗谷海峡を挟んで鉄道が続いていました。樺太鉄道です。
日露戦争の講和によるポーツマス条約により、樺太(北緯50度線以南)が日本領となり、 物資輸送のため軍用鉄道が樺太に敷設されました。1906(明治39)年の出来事で、コルサコフ(楠渓町(なんけいちょう))~ウラジミロフカ(豊原)間を軌間600㎜の軽便鉄道が結びました。車両は、2両を背中合わせに結合させた双合式と呼ばれる機関車と貨車で、客車はなく、無蓋車に天幕を張り客車の代用としていました。
翌年には樺太庁が設置され、樺太庁鉄道、樺太鉄道局が発足。栄町(大泊(おおどまり))への延伸、線路改良や機関車、客貨車が増備されました。1910(明治43)年には軌間を内地と同じ1067 ㎜に改軌し、泊栄線(東海岸線)や西海岸線、川上線が整備されました。
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