1877（明治10）年、のちに「鉱山王」と呼ばれた実業家・古河市兵衛（ふるかわいちべえ）が、当時、廃山同様であった足尾銅山を購入し再開発に乗り出します。これには明治を代表する経済人である、渋沢栄一も出資していました。当初は赤字続きでしたが、４年後には新たな銅の鉱脈を掘り当て、さらに1883（明治16）年には大鉱脈を発見し、産銅量は飛躍的に増大。再開発の前年上期の産銅量が30ｔであったのに対し、1893（明治26）年には年間5000ｔを超え、全国一の銅山に成長しました。

足尾銅山の開発と成長は、一方で深刻な環境被害を生み出します。銅の精錬や急激に増えた足尾の産業人口が木材需要を急増させ、周辺の山林はあっという間にはげ山となってしまいました。残された山林も、精錬所の煙害（えんがい）で立ち枯れていきます。なにより深刻だったのは、銅の生産過程で生じる鉱滓（こうさい）や汚泥（おでい）などから大量の鉱毒が発生し、これが土壌や河川に流出し続けたことでした。最初の鉱毒被害は渡良瀬川に現れます。1885（明治18）年の記録に、アユやハヤなどの川魚が姿を消したとあります。以来、河川での魚類の絶滅や作物の立ち枯れが深刻となり、近隣住民の生活を脅かしました。

ただし、この天皇への直訴以外、田中正造は終生、憲法と法律を重んじた政治・抗議活動を行います。足尾鉱毒事件の責任についても、批判の矛先は事業主でなく、管理や責任を負う明治政府に向けられました。田中正造は常に、「日本臣民はその所有権を侵さるることなし」という憲法条文を武器に、順法精神を貫いたのです。

その後も田中正造は、足尾鉱毒被害を受けた住民たちや、鉱毒対策として造られた渡良瀬遊水地に沈谷中（むやなか）村の住民たちに寄り添いながら、73年の生涯を終えました。

田中正造は、1841（天保12）年、下野国安蘇郡小中村で生まれます。名主から役人を経て県議会議員となり、衆議院議員となったあとは、足尾鉱毒事件の解決に生涯をささげました。財産をすべて足尾鉱毒事件解決のために使い果たし、1913（大正2）年に谷中村への帰途で亡くなった際、財産は小さな信玄袋ひとつだったいいます。

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