更新日: 2024年1月22日
那須国造碑によって存在が明らかになった下毛野とは別の国「那須国」~なぜ「那須」がつく市や町が多い?~
栃木県北部には、「那須」という名称がつく市や町が3つもあります。それは、古代、栃木の原型である下毛野国とは別に、那須国があったということに由来しています。
目次
「那須」がつく市や町が栃木に多い理由
現在、栃木県内には、那須町(なすまち)、那須塩原(なすしおばら)市、那須烏山(なすからすやま)市と、「那須」という呼び名がつく市や町が3つもあります。これは、これらの地域が下野(しもつけ)9郡のひとつである、那須郡であったからです。下野9郡とは、古代の律令制に基づく栃木県の旧国名である下野国を構成する9つの郡のことで、足利(あしかが)郡、梁田(やなだ)郡、安蘇(あそ)郡、都賀(つが)郡、寒川(さむかわ)郡、河内(かわち)郡、芳賀(はが)郡、塩谷(しおや)郡、そして那須郡で構成されていました。
古代下野国の9郡
古代の下野国(下毛野国)は、北から那須、塩谷、河内、都賀、芳賀、安蘇、足利、梁田、寒川の9つの郡に分かれていました。なかでも、那珂川に沿って北東に広がる那須郡が特に広い面積を占めているのは、律令以前、この地域が下毛野とは別の独立した国であったからです。
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