更新日: 2024年10月18日
両毛鉄道(両毛線)は足利の織物を運ぶ鉄道として開通~日本のマンチェスターを目指せ!~
日本の鉄道黎明期、奥州線の大宮からの分岐によって幻となった両毛地域を結ぶ鉄道路線は、その後、地元の人々の尽力によって、両毛鉄道(両毛線)として開通します。
目次
足利の織物を輸送するために求められた両毛鉄道(両毛線)
栃木県の小山駅と群馬県の新前橋駅を結ぶJR両毛(りょうもう)線には、明治を生きた産業人たちの願いと苦闘の歴史が秘められています。明治の中頃、奥州線(現・東北本線)開設時に栃木県南部・両毛地域の産業人たちが熱望したのは、熊谷から分岐して両毛地域を通過するルートでした。しかし奥州線は、大宮から分岐して白河へ至るものとなります。このため、文明開化とともに成長する両毛地域の織物産業を、流通の面で支える新たな輸送路を望む人々の希望はかなえられませんでした。
足利の織物の輸送ルートは脆弱だった
そもそも栃木県南部の足利や佐野といった地域は、江戸時代から織物の産地として大いに発展し、明治以降は、生糸や織物の輸出増加により、急速な産業化が進んでいました。しかし、それらの製品を商業地である東京や貿易港のある横浜などに送るべき輸送路は、江戸時代から続く渡良瀬川の水運を主とした脆弱なもので、織物業の発展に輸送が追い付かなくなってきたのです。
そこで期待がかけられたのが、新しく開設される奥州線であり、これを熊谷から分岐させて足利や佐野など両毛地域の主な町を経由させることは、両毛地域の人々の悲願でした。それだけに、奥州線の大宮分岐による白河への延伸は、彼らにとって大きな挫折となったのです。
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