目次
那須疏水が那須野が原に誕生するまでの用水事情
地質上、水が地表を流れない那須野が原では、過去に何度か水路の建設が試みられました。記録に残る最初の水路は、400年前の慶長年間(1596~1615年)まで遡ります。蟇沼(ひきぬま)用水と呼ばれるもので、蛇尾川が地下に潜る手前、現在の那須塩原市蟇沼地区から取水し、蟇沼や折戸(おりど)などの5か村で利用されました。のちに大田原(おおたわら)城下まで延長され、幾度かの大改修を経て現在も利用されています。その後もいくつかの用水が造られますが、いずれも田畑を潤すには水量が足りず、主に飲料用水として利用されるにとどまっていました。
那須疏水は実業家や有力貴族たちの尽力により開削
灌漑用としての那須疏水(そすい)が開削されたのは、明治の世になってからです。県北の実業家、印南丈作(いんなみじょうさく)と矢板武(やいたたけし)による国への必死の陳情と、殖産興業政策を背景に那須野が原に華族農場なる大農場を開いた有力貴族たちの後押しで、ようやく予算を取り付けました。
那須疏水の本幹水路はわずか5カ月足らずで開通
那珂川から取水する那須疏水の開削は、国策として1885(明治18)年4月に着工しました。九州から呼び寄せた石工や測量技師などの専門家、近隣住民や囚人までも駆り出した工事は、取入口の西岩崎から千本松まで約16㎞の本幹水路をわずか5か月足らずで開通させます。途中の地下を流れる熊川と蛇尾川を渡河する難工事は、伏流水の下をくぐらせるように、それぞれ長さ約46mと約267mのトンネルを掘って水を通し、サイフォンの原理の応用で向こう岸へ噴き出させました。
那須疏水:蛇尾川サイフォン出口
蛇尾川の下を通ってきた水が勢いよく噴き出す蛇尾川サイフォン出口は、トンネルの入口を高く、出口を低くすることで、一度下げた水を水圧で上げる仕組みになっています。給油ポンプなどに見られるサイフォンの原理とは水路の向きが逆です。
那須疏水は琵琶湖疏水と並ぶ日本三大疏水のひとつ
重機などない時代、人力のみに頼る開削ながら1日平均115mという驚異的なスピードで進んだことになります。さらに翌年には4本の分水路も完成し、かくして不毛の扇状地を水で潤すことになりました。その後も支線水路の新設や改修を経て、現在、那須疏水の総延長はおよそ330㎞に及び、福島県の安積(あさか)疏水、琵琶湖の水を京都へ運ぶ琵琶湖疏水と並ぶ、日本三大疏水のひとつに数えられています。
那須野が原の河川と那須疏水
扇状地とは、山側を頂点とし、川が運んだ堆積物が扇状に広がる地形を指します。熊川と蛇尾川は扇状地特有の伏流河川で、扇頂部で地中に潜り扇端部から湧き水として地上に現れます。この2つの川を横切るように、那須疏水が流れています。
『栃木のトリセツ』好評発売中!
地形、交通、歴史、産業…あらゆる角度から栃木県を分析!
栃木県の地形や地質、歴史、文化、産業など多彩な特徴と魅力を、地図を読み解きながら紹介するマップエンターテインメント。栃木の知っているようで知られていない意外な素顔に迫ります。地図を片手に、思わず行って確かめてみたくなる情報満載!
Part.1 地図で読み解く栃木の大地
・雷が多い理由は地形にあり!
・奥日光は男体山がつくった?
・日本最大の渡良瀬遊水地ができた理由
・川を横切る川!? 不毛の扇状地を潤す那須疏水
・奈良の大仏に那須の金!? 栃木は地下資源の宝庫だった!
・F.L.ライトが山ごと買った大谷石の魅力
・葉脈から動物の体毛までくっきり! 古塩原湖に眠る太古の記憶
・栃木にゾウやサイがいた! 化石と野州石灰の産地・葛生
Part.2 栃木を走る充実の交通網
・県南を通る予定だった!? 東北本線の紆余曲折
・日本のマンチェスターを目指せ! 織物の街をつなぐ両毛線
・栃木随一の観光地をめぐるJR日光線と東武日光線の軌跡
・地域の産業を牽引した人車鉄道/郷愁誘う各地の廃線をたどる
・わたらせ渓谷鐵道の前身は足尾鉄道
・幾多の苦難を乗り越えた真岡線
・構想から25年を経て着工! 宇都宮~芳賀にLRTが走る
・要衝・下野国を貫く街道の変遷
・舟運で“蔵の街”となった栃木市
Part.3 栃木で動いた歴史の瞬間
・なぜ「那須」が付く市や町が多い?
・遺跡からたどる東山道と律令期の下野国
・平将門を討った豪傑・藤原秀郷とは何者か?
・足利氏には2つの流れがあった! 鎌倉幕府と下野御家人の関係
・名族宇都宮氏の栄枯盛衰
・ザビエルやフロイスも讃えた「坂東の大学」足利学校
・江戸幕府最大の聖地・日光東照宮創建
・廃藩置県、そして栃木県誕生!
・「一の宮」が2つ? 日光二荒山神社と宇都宮二荒山神社
・不毛の原野が酪農王国に! 那須野が原の大開拓
Part.4 栃木で生まれた産業や文化
・木綿、紬、絹織物、麻…栃木は織物の名産地
・益子焼が始まってまだ170年足らず? 益子が「陶器の里」になったわけ
・半世紀にわたって生産量日本一!! 栃木はなぜいちご王国になった?
・関東平野が工業誘致にぴったりだった? 宇都宮は新たなものづくり都市へ
・「それって栃木?」県名抜きで知名度の高い観光名所
『栃木のトリセツ』を購入するならこちら
※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。
まっぷるトラベルガイド編集部は、旅やおでかけが大好きな人間が集まっています。
皆様に旅やおでかけの楽しさ、その土地ならではの魅力をお伝えすることを目標に、スタッフ自らの体験や、旅のプロ・専門家への取材をもとにしたおすすめスポットや旅行プラン、旅行の予備知識など信頼できる情報を発信してまいります!