更新日: 2024年1月26日
長崎県は紆余曲折の末に成立!士族の反乱で佐賀県が長崎県の一部に!?
明治新政府が版籍奉還後の重要施策として進めたのが、明治4(1871)年の廃藩置県です。
藩から県になりましたが、現在の長崎県になるまでには多難な道をたどりました。
目次
明治新政府による版籍奉還とは
日本に県という行政単位が生まれたのは明治維新のとき。明治2(1869)年の版籍奉還により、藩主(大名)は領地(版)と領民(籍)を朝廷に返上しました。これは江戸時代の藩を廃止して新しく県にすることで、各藩大名による地方分権から中央集権体制を確立することが目的でした。
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