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西条が酒造りに適している理由
酒造用水の基準として第一に挙げられるのが、水中の鉄分とマンガンの量です。水中に鉄分とマンガンが含まれていると、麹がつくる物質と結合して完成した酒にさびのような色が出てしまいます。このため、酒造用水には「鉄とマンガンが0.02ppm以下であること」という、水道水より厳しい基準が設けられています。酒造りには、酒造用水が大量かつ安定的に供給される必要があります。
西条は、賀茂台地の中央に広がる西条盆地に位置する町です。西条盆地は50~70万年前は湖だったため、盆地の地下には粘土層と砂礫層が交互に重なる湖成堆積層(西条層)が形成されています。
また西条の北側には、標高574.7mの龍王山(りゅうおうざん)が位置しています。東広島市の水源とされており、伏流水は2~3km先の西条駅前付近まで流れています。龍王山の伏流水が西条層に流れ込むと、水がろ過されて鉄分が取り除かれ、ミネラルを含んだ水になるのです。西条の各酒蔵は独自に井戸を持ち、龍王山の伏流水を仕込み水に使用しています。
良質の水が豊富にある西条は、酒造りに適した場所だったのです。
酒造りに欠かせない仕込み水。各蔵元ごとに井戸があり、水が飲める施設を備えています。写真は、賀茂鶴酒造の福神井戸。
西条の酒造りにはもともと向いていなかった水質
しかし明治時代初期において、広島の酒が注目されることはありませんでした。瀬戸内海を通して灘・伏見の酒が流通していたこともありますが、味や品質がそこまで高くなかったのです。原因は、広島の水です。
従来酒造りには、カルシウムなどのミネラルを多く含む硬水が適しているとされていました。酵母がミネラルを栄養分として活発に活動するため、米の発酵が促進されキレのある辛口の日本酒ができるのです。特に硬度8の中硬水である「灘の宮水」は、質の良い酒造用水として高く評価されていました。
一方広島は花崗岩層のため、湧き出る水のほとんどは硬度3~6の中軟水。カルシウム含有量が少ないため酵母が活性化しにくく、アルコール分解に時間がかかります。腐造に至ることもあり、良質の酒が造りにくかったのです。
広島の酒造家は灘の酒造法を参考に試行錯誤を続けていましたが、なかなか思うような結果は出ませんでした。
西条の酒は女酒といわれる甘口
灘の酒は辛口・西条の酒は甘口といわれることが多々あります。水や米、仕込みなどの違いもありますが、酒の好みには文化も関係しています。
一般的に、食事の味付けは北に行くほど辛く、南に行くほど甘い傾向があります。酒は食事と合わせることが多いため、白身の魚や甘口の料理には甘口の酒が、赤身の魚や辛口の料理には辛口の酒が好まれたのでしょう。
西条の酒造りのターニングポイント!「軟水醸造法」を開発
1881(明治14)年、三津(現在の東広島市安芸津町)の酒造家・三浦仙三郎は、私費を投じて酒造試験場を造成。原材料米や水質を検討、灘の水は硬水で三津の水は軟水であることを突き止めました。
そして、広島の水に合った独自の酒造法を追究。1897(明治30)年に、軟水でも活発に活動できるようしっかり育てた麹を使用して低温で長時間ゆっくり発酵させる、広島独自の「軟水醸造法」を開発しました。
三浦仙三郎はこの技術を独占せず、酒造組合員に広く告知。指導も行い、酒造家の育成にも力を注ぎました。また、西条(現在の東広島市西条)の醸造家とも協力し、技術にさらなる改良を重ねました。
1908(明治41)年には精米機メーカーの佐竹製作所(現在のサタケ)が、酒造好適米をさらに磨くことができる精米機を発明。小島屋木村屋(現在の賀茂鶴酒造)がこの精米機で磨いた酒造好適米を軟水醸造法で仕込んだ「吟醸酒」を醸造しました。
軟水の弱点を克服し、キメの細かいふくよかな味わいを持った広島の日本酒は高い評価を獲得。1907(明治40)年に行われた全国清酒品評会では、灘や伏見の日本酒を抑えて最高賞を受賞し、日本三大酒処の一つとして全国から注目されるようになります。
西条の酒の拡販に貢献した山陽本線
「西条の酒はうまい」という認知度を上げるのに一役買ったのが、山陽本線です。神戸と下関を結ぶ鉄道で、三原以西が1893(明治26)1月に着工されました。岡山~広島は急勾配が連続しますが距離の短い沼田川沿いに西条を経由するルートと、勾配は緩いけれど多数のトンネルが必要となる海岸線沿いに竹原・呉を経由するルートが計画されていましたが、予算の関係などもあり最終的に西条ルートに決定。1894(明治27)年6月には糸崎~広島が開通しました。
実は当初、西条駅は他の場所にできる予定でした。しかし地元酒造業者が折衝して、酒蔵のすぐ近くに駅を誘致。現在の位置に西条駅が開業しました。
西条で造った酒は三津港(現在の東広島市安芸津町)から出荷されていましたが、鉄道による流通経路確保により、販路は一気に京阪神まで拡大。大規模需要が見込める軍都・広島に軍用酒を納品することで、さらなる販路が開かれました。西条は駅の周辺に酒蔵ができたのではなく、酒蔵のそばに駅を誘致することで発展した町なのです。
JR西条駅の周辺に酒蔵が集まっています。
西条では現在、環境保全が課題
近年西条駅周辺は都市開発が進み、高層ビルも増加傾向にあります。大きな建物を建造する際には、地面に深く基礎杭を打つ必要があります。地下水が流れている層に杭が打ち込まれると、水の流れが変わる可能性もあります。町の近代化と酒蔵通りの町並み保全の両立が、現在の課題となっています。
赤いれんが煙突と漆喰の白壁のコントラストが美しい西条酒蔵通りは、「瀬戸内海沿岸の気候風土に育まれた製塩業・醸造業の歩みを物語る近代産業遺産群」として経済産業省の「近代化産業遺産群続33」にも認定されています。
西条の酒造りに欠かせない酒米
うまい酒造りには、良い酒米も必要です。酒は米の水ともいわれ、酒米の良し悪しによって酒の味が大きく左右されるのです。天候に恵まれ米のできが良い年には、良い酒ができるとされています。
酒の仕込みには一般的な食用米ではなく、酒造好適米を使用します。昔から日本にある品種で、粒が大きく柔らかく、米の中心に白濁している部分(心白(しんぱく))があります。たんぱく質や脂質が少なく、吸水性が良いため麹との相性が良いなど、醸造向きなのです。
酒造好適米には山田錦で知られる「山田錦系」、在来種の「八反(はったん)系」、山田錦系のルーツである「雄町(おまち)系」などがあります。兵庫県産の山田錦は全国的に高い人気を誇りますが、広島では「八反系」が好まれる傾向にあります。
広島県では現在、三次市・庄原市・東広島市などの酒米生産団地で、「雄町系」「八反系」「山田錦系」の3系統6品種を栽培しています。どの酒米生産団地も標高300~400mの中山間部に位置しており、稲が熟す時期の1日の気温差が激しいといわれます。この気候が良質な酒造好適米を育むのです。
広島では地元の気候風土に合った酒造好適米の改良を大正時代から実施しており、八反系では香り高く淡麗な味わいの「八反錦」や香りに艶がある「広島八反」、雄町系では濃厚で深い味わいの「広島雄町」や吟醸香が特徴の「こいおまち」などの広島酒米を開発。
1999(平成11)年からは、大吟醸酒の酒米として高い評価を得ている山田錦と、広島の気候風土に適した酒米である中生新千本を掛け合わせた広島オリジナル酒米、「千本錦」がデビューしました。広島で独自に育成した酒米「千本錦」を100%使用した新しい酒「千本錦」は、全国新酒鑑評会で 2019(令和元)年まで9年連続の金賞を受賞しています。
酒造好適米の産地と標高
酒造好適米は「5~10月の平均気温が20度前後」「米が熟す時期の昼夜の寒暖差が激しい」「水が豊富で日当りが良い」という条件に適した、標高300~400mの中山間地で栽培されています。
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