奈良電気鉄道がつくった京都市内初の鉄道高架橋
ところが、「地下化されると水脈が絶たれ、酒づくりができなくなる」という理由で、伏見の酒造組合が計画に反対します。行政も組合の意見を尊重し、路線は高架化されることになりました。
これが現在の桃山御陵前(ももやまごりょうまえ)~向島(むかいじま)間にある794mの伏見第一高架橋と、竹田~近鉄丹波橋間にある1008mの伏見第二高架橋です。
いずれも3、4カ月の短期間で完成し、京都市内で初の鉄道高架橋が誕生しました。
奈良電気鉄道によってつくられた無橋脚「澱川橋梁」
また、路線の開業にあたって宇治川に鉄橋が架けられましたが、これにも「待った」がかかっていました。
当初は6本の橋脚を立てる計画でした。ところが、当時の宇治川には陸軍の軍事演習場が存在し、「橋脚があると演習の邪魔になる」と軍部が計画を認めなかったのです。奈良電気鉄道は急遽、無橋脚による橋の建設に取りかかることとなりました。
工事は1928年4月にはじまり、鋼材約1500tをアメリカから輸入するなどして10月に竣工。完成した支間長約165mの橋は、「澱川橋梁(よどがわきょうりょう)」と名づけられました。
橋は列車の荷重に耐えられるよう余裕を持って設計されたため、90年以上経った今でも使用されており、国の登録有形文化財に指定されています。
近鉄京都線の駅名の由来
紆余曲折を経て誕生した近鉄京都線には、歴史を感じさせる駅名が多いです。世界遺産の東寺に近い東寺駅がその筆頭です。
先にあげた桃山御陵前駅の「桃山」は、豊臣秀吉が築いた伏見城にルーツがあります。江戸時代初期に廃城となり、その跡に桃の木が植えられたことで桃山と呼ばれたのです。明治天皇がこの地に埋葬され、「御陵」 となりました。
向島駅も伏見城との関わりがあります。「向」は一帯が城から宇治川を挟んで“向”かい側に位置したことにちなむとされています。また巨椋池に突き出た半“島“のような場所であったため「向島」と呼ばれたといいます。
幕末・維新時の鳥羽伏見の戦いは、伏見駅周辺が勃発の地で、現在も大激戦の跡が残されています。
近鉄京都線の沿線と橋
京都駅付近から伏見(奈良)方面に向かう路線は、JR奈良線、京阪本線(七条駅)などがあり、近鉄京都線はもっとも西側を通ります(駅位置は一部省略)。
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