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卑弥呼の墓は平原王墓なのか?!邪馬台国の女王はどこに眠っている? 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日: 2024年9月12日

卑弥呼の墓は平原王墓なのか?!邪馬台国の女王はどこに眠っている?

21世紀になってもなお論争が続く邪馬台国の所在地。

魏志倭人伝に登場する伊都国にあった平原王墓には、卑弥呼が眠っているのでしょうか…。

卑弥呼の墓にまつわる説

中国の史書『魏志倭人伝』には、当時、「」と呼ばれていた日本列島にあった30余りの国々の様子が記されています。その記述の中にある、女王「卑弥呼」が都とした国「邪馬台国」がどこにあったのか?九州か畿内か?といった、多くの謎が残されており、現在でも活発な論争が繰り広げられています。

魏志倭人伝によると、卑弥呼は、争乱のさなかにあった倭の国々が、その争いを鎮めるために共立した女王であり、鬼道(呪術)に仕え、人々から崇められる存在でした。卑弥呼が死去したときは、大きな陵が造られ、その墓の大きさは径100歩余り、100人以上の奴婢が殉葬(じゅんそう)されたといいます。はたしてこの女王・卑弥呼の墓はどこにあるのか。

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