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奈良墨が作られるようになるまでの時代背景

奈良時代に入ると仏教の隆盛に伴い、寺院の経典の写経や事務の筆記用として、墨の需要が高まり貴重品になりました。平城京の図書寮(ずしょりょう)では管理機関の造墨手が置かれ、役人や僧侶が使う墨はほぼ国産品になりました。

この頃の墨は、松を燃やして煤(すす)を採って造る「松煙墨(しょうえんぼく)」であり、奈良の墨も寺社を中心に紀伊熊野の山々から松煙の供給を受けて墨を製造していました。

興福寺では多数の造墨手を抱えて墨を量産していた

そのような状況下、藤原氏の氏寺として奈良時代に建立された興福寺は、藤原氏が栄えるとともに財力をつけて、灯明に使う荏胡麻(えごま)の油、筆記や写経用の墨、春日版と呼ばれる木版刷りの経文の刷り墨などの生産に従事。とりわけ墨は、興福寺二諦坊(にたいぼう)で多数の造墨手を抱えて量産していたといわれます。

奈良墨の誕生

それが、室町時代に入り明徳・応永年間(1390~1428年)の頃に、興福寺二諦坊で灯明の天蓋にたまった煤を集め、膠(にかわ)を加えて墨を造ったところ、松煙墨よりはるかに黒く、澄みきった墨色ができあがりました

松煙墨に対して、植物油を用いた油煙から製造する墨は「油煙墨(ゆえんぼく)」と呼ばれましたが、品質面で優れた興福寺の油煙墨は、特に「南都油煙」と称されて全国に知られるようになっていきます。南都油煙が生まれた経緯は、貝原好古(よしふる)が著した『和漢事始(わかんことはじめ)』(1697年)にも紹介されています。

興福寺

住所
奈良県奈良市登大路町48
交通
近鉄奈良線近鉄奈良駅から徒歩5分
料金
中金堂=大人500円、中・高校生300円、小学生100円/東金堂=大人300円、中・高校生200円、小学生100円/国宝館=大人700円、中・高校生600円、小学生300円/国宝館・東金堂共通券=大人900円、中・高校生700円、小学生350円/(中金堂、東金堂、国宝館は団体料金あり、30名以上で中金堂大人400円、中・高校生200円、小学生90円、東金堂大人250円、中・高校生150円、小学生90円、共通券は団体料金適用外、障がい者手帳持参で本人と同伴者1名入館料半額、奈良市老春手帳またはななまるカードの提示で国宝館と東金堂の拝観料無料)

奈良墨の衰退

墨の代名詞ともなった奈良墨ですが、戦国時代における信長・秀吉の天下統一で寺社の力が弱まったうえに商工振興策が重なり、寺社のお抱え職人だった墨工が独立して店を構え、商売を始める展開を見せます。

さらに江戸時代には、奈良は幕府の直轄地となり、奈良奉行の指導のもとに商工業の中心となる奈良町が形成されました。記録によると寛文10(1670)年には、すでに30軒近い墨屋が点在していたとされています。

そうして隆盛の一途をたどっていた南都油煙・奈良墨でしたが寛保年間(1741~1744年)になると、状況は一変して窮地に追い込まれます

奈良墨は消滅の危機を乗り越えて今も生産し続けられている

紀伊徳川家が、鎌倉期には途絶えていた「紀州藤代墨」の再興を図って、良質な松煙墨を生み出したのです。しかも、紀伊徳川家出身の8代将軍吉宗が幕府御用墨として後押ししたため、それまで南都油煙・奈良墨が独占していた市場は崩壊。38軒あった墨屋は18軒に減少してしまいました。

幕末を迎えると、安政の大地震や黒船の来航などによる内憂外患の状態で奈良の産業は壊滅状態となり、明治維新は11軒の墨屋しか残らぬ状況で迎えることとなりました。

しかしながら、古来より伝わる製墨の伝統技術は職人の手で脈々と受け継がれ、良質な墨を現在も造っています

現存する最古の墨は正倉院にあり

聖武天皇(724~749)の遺品をはじめとした歴史的宝物を保管する正倉院には、現存する最古の墨が眠ります。黒墨14丁に白墨2丁で、15~18cm程度から51cmの大物もあります。

これらは唐や朝鮮半島からもたらされた品です。唐の玄宗皇帝から贈られた銘墨とされる物には「華烟飛龍鳳凰極貞家墨」の銘、裏には「開元四年丙辰」(716年) と朱書があります。墨はすべて松煙を原料に造られています。

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見どころ―目次より抜粋

Part.1 地図、地形で読み解く奈良の大地
・実は人工的に作られた山だった? 古代史の舞台・大和三山
・人々の営みに密接してきた 生駒山がもたらした恩恵とは?
・大和平野を潤す大動脈 吉野川分水は300年越しに完成 ほか

Part.2 奈良を駆ける交通網
・生駒市と東大阪市にまたがる 暗峠の急勾配は法令地オーバー
・営業期間わずか9年間! 大仏鉄道を阻んだ急勾配
・3度の変更の末、駅開業が転がりこんだ!?なぜ、王寺町が鉄道の町になった? ほか

Part.3 奈良で動いた歴史の瞬間
・古墳の密集地帯・奈良盆地 なぜ古墳が造られなくなった?
・大化の改新だけではない! 中大兄皇子が変えた時間の概念
・秀吉が催した5000人規模の大宴会 吉野の花見で笑いをとった伊達政宗 ほか

Part.4 奈良で生まれた産業や文化
・全国で2校の国立女子大学 奈良女子大学設立の背景には岡倉天心
・古くから言い伝えがあった 天川村と手塚治虫作『火の鳥』の関係は?
・実は奈良盆地の気候が肝! 広陵町が靴下生産量日本一の理由 ほか

<コラム>
データで分かる全39市町村 人口、農業・水産業、観光
吉田初三郎が描いた奈良の鳥瞰図
映画・ドラマ・小説…… 奈良県とエンタメ作品

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