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興福寺と春日大社の強いつながり
平安末期になると藤原氏の氏神を祭った春日大社は、神仏習合思想により氏寺である興福寺とのつながりが強まっていきました。そして興福寺は政治上の要求や不満があると、たびたび春日大社の神木をかざして「神木動座(しんぼくどうざ)」の強訴を行っていました。
春日山原始林が神の祟りで枯れた? 「春日山木枯槁(ここう)」
このように神木の持つ影響力は大きく、中世には「春日山木枯槁(ここう)」という不思議な現象が起こりました。枯槁とは草木が枯れることで、『春日権現験記絵(かすがごんげんげんきえ)』では、嘉元(かげん)2(1304)年に起きた霊験をこう伝えています。
興福寺の僧が大和国の地頭を追放したため、幕府は興福寺の僧や春日大社の神職を逮捕し、その所領に地頭を置きました。すると7月にも関わらず春日山の木が一斉に枯れてしまいました。人々は「枯槁が神意である」という託宣のとおり、春日大神が天上に帰ってしまったと嘆き悲しみ、驚いた幕府は地頭を撤廃。すると奈良で光雲がたなびき、神火が星のように飛び歩いて春日大社に戻りました。春日大神の御心を鎮めるために神楽を奉納している最中だった近衛召人(めしうど)らはたいそう仰天したといいます。
春日山原始林の山木枯槁をめぐる興福寺と朝廷・幕府のやり取りは繰り返された
山木枯槁は春日大神の祟りと恐れられ、春日山の木々が何千本も一斉に枯れる→興福寺はただちに都に報告する→朝廷や幕府が神の祟りを収めるために神楽を奉納する→山に青葉が戻るという一連の流れは、中世を通して何度か繰り返されてきたことが記録にも残っています。
応永12(1405)年の山木枯槁の背景とは
応永12(1405)年に起きた枯槁では、6634本の木が枯れたといいます。足利義満の寵童(ちょうどう)・御賀丸(おんがまる)の代官が大和国宇多郡などの荘園を錯乱させた祟りと噂され、義満が150貫文を出して神楽が奉納されました。しかし南都では納得せず、御賀丸を幕府に訴えました。
永正15(1518)年の山木枯槁の背景とは
永正15(1518)年には、山木枯槁の噂が広まったため、興福寺が春日大社に調べさせ、枯槁は3580本と報告しました。しかし、神職は「新たな枯槁でなく過去の枯れ木であり、興福寺の行為は言語道断」と書き残しています。
実はこの枯槁の数か月前、将軍・足利義稙(よしたね)が大和の有力者・箸尾(はしお)氏、万歳(まんざい)氏を攻めて没落させ、跡地を武家に与えたのに対して、興福寺の信徒が蜂起。武家を攻める一方で、幕府に対して直訴を行っていました。
春日山原始林の山木枯槁の裏には興福寺の政治的な策略があった!
木々が害虫や病気などによって大量に枯れることは珍しくありません。興福寺はまず枯槁の噂を流し、時には春日大社に虚偽の報告書を作らせ、山木枯槁を利用して寺の要求を通そうとしたとされます。中世の山木枯槁は、興福寺が意図的に仕掛けた政治的行為が背景にあると考えられています。
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